降伏への招待状 プーチンには本当に協議の準備があるのか?
執筆:戦略コミュニケーション・情報安全保障センター編集部
ウクライナが和平プロセスを開始したがらないとするモスクワからの非難は、自らには協議の準備があるとする主張とともに、ますます頻繁に聞こえている。明らかなことは、ロシアがそのような手段で6月15、16日のスイスにおける「グローバル平和サミット」におけるウクライナの立場を弱めたがっていることである。しかし、モスクワはまた、さらに野心的な目的も追求している。全面侵攻開始の際、プーチンは、「皆にとっての最善の出口はウクライナの迅速な降伏である」ということで世界を説得することに失敗した。今、ロシアは、同じアイデアを「売り出そう」としているが、しかし、今回はそのアイデアを「平和構築」の包み紙に包んでいる。
ウクライナへの全面侵攻は、クレムリンの残虐かつ妥協のないレトリックを伴って始まった。しかし、その半年後、2022年9、10月には、モスクワでは、平和への準備があると話し出していた。理由は全くもって凡庸だ。その時には、プーチンの「電撃作戦」は完全に失敗しており、ロシアは前線での戦略的主導権を失っていたからだ。ロシア軍はキーウ州、チェルニヒウ州、スーミ州で叩きのめされており、その後は、ハルキウ州とヘルソン州右岸でも叩きのめされ、オデーサ揚陸計画はミサイル巡洋艦「モスクワ」とともに沈没した。占領軍の更なる崩壊を防ぐために、ロシアでは部分的動員が余儀なく発表され、ロシアの囚人数千人が「肉片の襲撃」へと投入されることとなった。
ロシアが失敗を重ねる中でも、プーチンが血塗られた戦争を止めようとしているということを示すものは何もなかった。しかし、彼の将軍たちには、動員された新兵を訓練し、戦争の最初の数か月で甚大な損耗を出して枯渇した在庫兵器を補充するために、作戦的休止が不可欠となっていた。2月24日以降に制圧したウクライナ領に確立された占領政権もまた、自らの権力を確実なものとして、少なくとも地元住民の活発な抵抗を押しつぶすための時間が必要だった。さらに、クレムリンは、ウクライナに効果的な支援を提供し始めていた西側の団結を恐れていた。そのような状況下で、キーウとの協議の開始はモスクワにとっての最高のプレゼントとなるはずであり、そうなれば時間が稼げる上に、西側諸国のウクライナ支援継続の覚悟も削ぎ落とせたかもしれないのだ。
これらの算段はいずれも、ウクライナでも、西側諸国の首都でも見破られていた。2014年と2015年に締結されたミンスク諸合意は、ウクライナがどれだけ努力しても、持続可能な平和をもたらすことはなかった。それにもかかわらず、全面戦争の最初の数日には、ゼレンシキー大統領は、プーチン氏に対して協議のテーブルにつく提案を何度となく公に呼びかけていた。しかし、クレムリンは、前線でロシア側に問題が生じるまでは、そのような提案を軽蔑とともに一蹴してきたのだ。
2022年3月にベラルーシとトルコで続いたウクライナとロシアの両国代表団の協議の際にすらも、ロシアは、力の立場から全くもって受け入れられない要求を提示し続けた。その要求を受け入れることは、ウクライナにとっては屈辱的であるだけでなく、自殺行為であった。同様に、2022年秋にもクレムリンは、内容を明かさない「自らの条件」に従った場合のみの協議開催の話をしていた。当然、ウクライナは当時、降伏することも、占領者に戦力回復のための時間を与えることも望まなかった。
2023年を通じて、プーチンは複数回にわたって、協議のテーマについて戻ってきていた。そして、今年、クレムリンの公式レトリックでは、「対話の用意がある」との断言が繰り返されるようになっている。しかし、そのような発言の背景に変化はあっただろうか? ロシアは今でも作戦上の休止を必要としている。
ロシアにとっての休止の必要性は、とりわけウクライナに対して米国からの待ち望まれた新たな軍事支援が拠出され、EU諸国からの支援が活発化された後に大きくなっている。モスクワを特に不安にさせているのが、ウクライナによる航空機「F16」獲得の展望と、ロシア領内への長射程ミサイル使用許可である。ウクライナが国産武器を使ってですらロシア領内奥深くに位置する複数施設に一連の打撃を与えられている中で、今後ロシアには何ができるだろうか?
さらに、ウクライナは、現存の部隊の補充と新たな戦闘部隊の編成を目的に強化動員を実施している。これら措置全ての複合的な効果が占領軍の状況を著しく複雑化する可能性があり、もしかしたら、プーチンは、ロシア社会で極めて不人気な新たな動員を実施せざるを得なくなるかもしれない。
さらに、「クレムリンの条件での協議」の開始(繰り返すが、ロシアは今のところ他のものは何も提案していない)は、西側諸国によるウクライナ支援の継続の必要性に疑問をもたらしかねない。「キーウがもう現時点で降伏する準備があるのなら、支援に何の意味があるのだ?」という具合だ。
この文脈において、「降伏」という言葉は誇張ではない。クレムリンはこれまで自らの協議上の立場を明らかにしていないが、協議の結果としてウクライナがロシアのあらゆる最後通牒的要求を飲むことを期待していることは明らかである。5月28日にプーチンが、ロシアは「イスタンブル協議の結果にもとづいて」協議プロセスを再開させる準備があると発言しているが、それこそがその可能性を間接的に認めるものである。イスタンブル協議は、ご存知のとおり、ウクライナにとっては降伏への招待状以外のなにものでもなかった。
ロシアが今でもキーウを降伏へと向かわせたがっていることは、5月30日のラヴロフの次の発言も示している。「ロシアは、停戦ではなく、和平の協議に前向きだ。西側の武器供給が止められ、キーウによる戦闘行為が止められた場合には、解決を早める理論的可能性が存在する。」
そのような条件を「適切」と呼ぶことは難しい。私たちは、米国議会でのウクライナ支援採択の遅れのもたらした結果をすでに確認している。もし西側の兵器が全く入ってこなくなった場合、ウクライナの状況がどれだけ悪化するかは想像に難くない。ウクライナが効果的に抵抗する能力は低下する中で、それは「解決」をもたらすのではなく、犠牲と破壊の数を増やし、占領地の拡大をもたらすことになる。同様に、戦闘の停止は双方向でしかあり得ないし、その際の最初の一歩は、犠牲国ではなく、侵略国が行わねばならない。それは、原則の問題ではなく、常識の話だ。
なお、クレムリンが協議の準備があるとする考えを広めていることには、戦術的目的だけでなく、戦略的目的もある。後者の目的は、最初の議題を「対ウクライナ軍事支援」ではなく、「和平プロセス開始」とするために、西側諸国の社会の意識に混乱を投げ入れることにある。
ロシアは、そのような前向きな姿勢に関する幻想を作り出すために、西側社会と支配階級の見方に影響を及ぼすためのあらゆる手段を行使してきた。犠牲国を侵略国のように見せることは、ロシアのプロパガンダの得意技の1つだ。クレムリンは、自らの全面侵攻の直前に、ウクライナに攻撃的軍国主義的計画があるとする嘘を拡散する手段でもって、開戦事由を準備していた。現在ロシアは、ウクライナ首脳陣をあたかもクレムリンから届く寛大な和平提案を拒否する「戦争党」かのように示すことで、この技を再び使いたがっている。
無論、消耗戦はウクライナ社会にとってもウクライナの西側パートナー国にとって挑戦である。しかし、現在行い得る最悪のことは、プーチンの善意なるものを信じて、クレムリンの声明を戦争終結のチャンスとみなす誘惑に駆られることである。
過去10年間で、ロシアは、同国が提案するシナリオは真の永続する平和の確立を想定したものではないことを、完全に証明した。戦争終結の唯一の手段は、モスクワで策定されたものではなく、パートナー国と共同で、国際社会の広範なコンセンサスを得た上で、キーウで策定された内容を基盤とする平和的情勢解決の開始について、ロシアに同意させることである。
そのようなシナリオが可能になるには、クレムリンの最後通牒にウクライナを追いやることはできない、世界にクレムリンのゲームのルールを強制することもできないという事実をロシアに突きつけなければならない。その意味で、「グローバル平和サミット」におけるウクライナとの連帯とウクライナへの軍事支援の強化は、等しく重要かつ不可欠なのだ。