「日本人はとても礼儀正しいが、時に形式的すぎることもあり、外国人にとって彼らの本当の考えを理解するのは難しい」などという話を時々聞くことがある。しかし、現在の全面侵略下、私たちは日本の人々からウクライナの人々への温かい姿勢を感じている。それは、様々な支援を通じてだけでなく、ウクライナを応援する歌や、ソーシャルメディア上での活動や、たくさんのウクライナ関連本の出版といった、一人一人の日本国民の行動に見られる。その中で、私たちにその「日本の心」を自らの言動で開いて見せてくれたのが松田邦紀駐ウクライナ日本国大使であるのは間違いないだろう。
松田大使は、この度退任され、まもなくキーウを離れる。そのため、ウクルインフォルムは、以下の政治に関する大切な質問について、「心のこもった」回答を聞くために、松田大使と会うことにした。
「日本の新政府はウクライナ支援を続けてくれるのだろうか?」「モンゴルと違い、日本はプーチンが訪日したら、彼を逮捕する準備があるのだろうか?」「どうして日本は、防空システムをウクライナへ提供してくれないのか?」「日本にとってウクライナの『勝利』と『平和』は何を意味するのだろうか?」
聞き手:平野高志
写真:ヴォロディーミル・タラソウ
防衛戦争を続けるためには、ウクライナは自国経済を強化せねばならない
松田大使は、ロシア・ウクライナ全面侵略戦争の2年半、駐ウクライナ日本大使として活動なさいましたが、この度離任されて日本へ帰られます。この間、日本はとても多くの支援を実現してきました。その全てについてお話を伺うと時間がなくなってしまうので、今日は、特に大使の印象に残っている支援を3点説明していただけないでしょうか。
ウクライナが戦時下にあるため、できないことを長々と議論するのは時間がもったいない中で、支援を考える時に常に心がけたことは、日本だからできること、日本だからこそやらなければいけないこととは何か、ということでした。その意味で、2022年から2023年にかけての冬、ロシアによってエネルギー施設に対する激しい攻撃が行われ、多くの発電所・変電所が破壊された時、とにかくもう待ったなしで、日本はウクライナのエネルギー需要を支えなければいけないと思い、国際協力機構(JICA)や、国連開発計画(UNDP)などの国際機関と協力して、前例のないスピードと規模で発電機やガスタービンなどを提供しました。それは、いささかなりともウクライナの市民にお役に立てたのではないかと思っています。
2つ目の思い出は、人道的地雷除去です。日本は制限があり、なかなか防衛装備品全般を支援できませんが、そういう日本として、何か少しでもお役に立てるものはないかと考えました。日本には、カンボジアで25年間にわたる人道的地雷除去を行ってきた経験、ノウハウ、開発・生産してきた地雷探知機や地雷除去機があります。これをウクライナに提供すれば、ロシア軍が残していった地雷を除去して、市民社会、経済を元に戻す協力ができるのではないかと思い立ったのです。これは、仲間と協力して、思い出深い支援が実現できたと思っています。
3点目は、経済復興です。ウクライナは、防衛戦争を継続するためにも自身の経済を強化していく必要がある。戦時下でも、例えばウクライナ西部は比較的安全も安定も守られています。私は、戦時下の復旧・復興、さらには戦後の本格的な経済発展を念頭において、何とか日本の民間のお力を借りることができないかと、努力してまいりました。おかげさまで、今年の2月にシュミハリ首相が訪日されて、日本とウクライナの2国間で経済復興推進会議を開催することができ、さらに56本の文書に署名しました。その後、この会議が1つの成功例となり、今年6月のベルリンにおける国際復興会議につながり、そこでも日本とウクライナはさらに23本の文書に署名しました。私は、日本とウクライナの民間企業・団体同士が協力することで、戦時下の今から、ウクライナ経済を発展し、強化するための土台ができたと思っています。
この3点が、自分なりに思い出深く、多少なりともうまくできたかなと自負しています。
日本はウクライナへのエネルギー支援供与を継続する
エネルギー支援については、今年1月、上川当時外相が訪問された時に、日本はウクライナへ大型変圧器7機とガスタービン発電機5機を供与しました。これは500万人以上の人々に電力を供給できるものだと発表されました。ロシアの電力インフラ攻撃が続き、今ちょうど冬を前にして、ウクライナは電力が足りるのかという心配がある中、日本のこのような電力支援はこれからも継続されますか?
はい。ロシアは、ウクライナの防衛能力、市民のモラル(士気)をくじくために、意図的にエネルギー施設に対する攻撃を行っています。これは、国際法、国際人道法違反で、決して許されるものでなく、厳しく非難されなければいけません。同時に、ロシアが攻撃してくる以上は、ウクライナはそれに対する対抗措置を取ります。その中には、エネルギー施設を何とか守ること、そして壊された場合には一刻も早く穴埋めをすることがあります。これは、まさしく日本が、これまでも行いましたし、今後とも行っていくべき重要な支援分野だと思っています。
今年もまもなく寒い時期が来ますが、それを念頭において今年の10月から順次、発電機や大型の変圧器などを供与する準備を行っています。具体的には、ハルキウ州、スーミ州、ドニプロ州、ザポリッジャ州、オデーサ州、ポルタヴァ州、ジトーミル州、キロヴォフラード州の8州の自治体、そしてエネルギー関連公社に対して、小型発電機を提供していく予定です。
また、特にウクライナ第2の都市でありながら、引き続き大きな攻撃を受けており、また東部からの避難民が集まっている場所の1つであるハルキウを念頭において、熱電供給タービン、コンバインドヒート&パワーも提供する準備をしています。さらに、大型変圧施設の追加供与も考えています。
そして、せっかく提供したものが壊されてしまうと元も子もありませんので、そのような発電機などを防御するために、いわゆる「ソイルアーマー」という補強資材も合わせて提供する準備を現在行っています。10月から順次物理的に入っていき、年内には終わらせる方向です。
「ソイルアーマー」あるいは「蛇籠」の最初の供与は今年の2月でした。これは、日本の自衛隊も使っているものですね。このようなインフラ支援施設の防護強化は「パッシブディフェンス」と呼ばれるものです。しかし、今年の春以降、ロシア軍によるインフラ攻撃が激しくなっており、今後さらに激しくなるかもしれません。この「ソイルアーマー」がどれぐらい効果を発揮しているか、ご存知でしょうか?
はい。私たちは、ソイルアーマーを提供した会社などから、実際に攻撃を受けた時のフィードバックを受けています。特にソイルアーマーが有効なのは、ウクライナ軍がミサイルやドローンを対空システムで破壊した時、そのデブリ(破片)が落ちてきた場合に、それを防ぐのに大変効果があると聞いています。それから、ロシア軍のドローンやミサイルが、施設の側面から攻撃してくる場合には、側面にソイルアーマーを二重三重に立てているので、その際にも、それなりに効果があると聞いています。ソイルアーマーで100%守れるとは言えませんが、少なくとも一定の効果が上がっていることは、実際の攻撃を通じた実証から分かっています。したがって、ソイルアーマーの供与も引き続き増やしていきたいと思っています。
パートナー国がそれぞれの国の強みと能力を結集してウクライナの防空を強化すべき
同時に私は、日本が防空システムをウクライナに送ることができたら助かる命は必ずあると、いつも思っています。前回のインタビューの際にも質問させていただきましたが、日本は非殺傷性装備品は送っていますが、命を守るはずの防空システムは殺傷性装備品に該当するという理由で、ウクライナには送れていません。日本では、日本国憲法を理由に防空システムが送れないと説明する方もいますが、憲法自体を読めばそのような制限が書かれている箇所はなく、憲法にそのような制限がないことは明白です。むしろ私は、前文に書かれている日本国憲法の精神からすれば、それはウクライナが追求する「公正な平和」の精神と似ていると思いますし、その精神からすれば、日本はその「公正な平和」の実現を積極的に支えるべきだと考えます。そして、「公正な平和」を実現するには防空が重要です。日本は自国で「パトリオット」を生産していますし、他にも日本の自衛隊が保有している「改良ホーク」がまもなく退役して、その後処分されることになっています。しかし、「ホーク」は今次戦争で効果的な迎撃能力を発揮しています。大使も、ここ数日、キーウへの大規模攻撃がある中で爆発音を実際聞かれているのではないかと思いますし、東京で働いている方々とは全く違う感覚を抱いていらっしゃるのではないかと思うところ、質問いたします。日本がウクライナの防空を支援することはどうしても不可能なのでしょうか?
ウクライナにとって、客観的に防空能力の増強が必要であるというのはおっしゃる通りだと思います。したがって、日本を含むウクライナの同志国及びパートナー国が、それぞれの国の強みと能力を結集することで、ウクライナの防空能力を強化するために協力していくことが、今一番求められていることだと思います。
日本は、日本だからできること、日本だからこそしなければいけないこと、そして今すぐできること、これらを中心に支援をしてきています。防空面に関しましては、日本は、「パッシブディフェンス」で協力しつつ、同時に、NATOのCAP(Comprehensive Assistance Package)という支援・枠組みを使ってドローンの探知に関係する技術協力なども行っています。
今後日本社会でどのような議論が行われていくかについては予断いたしません。しかし、私は、現場で実務に携わっている者として、とにかく今できることを少しでも早くやるという方針でずっと行ってきています。
したがいまして、ご質問に答えます。現在の制度及び方針である、防衛装備品を移転するための3つの原則、それを運用するためのガイドラインに従いますと、正直に言って、いわゆる狭い意味での防空システムを直接ウクライナに供与するということはなかなか難しいと答えざるを得ません。ただし、だから日本は何もしないということではなくて、日本は何ができるのかということについて常に考えていますし、できることを1つでも2つでも増やしていきたいという気持ちは、我々政府関係者全員にございます。
JETROのキーウ事務所開設を通じて、相当色々なことができるようになる
JETROがまもなくキーウに事務所を開設します。ウクライナは、そのJETROの活動から何が期待できますか?
我々がJETROの事務所をぜひ開くべきだと考えた理由は、2つあります。1つは、ロシアによる侵略戦争が始まった当初、すぐに実現しなければいけない人道支援から始まり、財政支援と非殺傷性の防衛装備品の支援等々も実現しました。これは全部国民の税金を原資にした上で、基本的にグラント(無償支援)として行ってきております。財政支援の中には、仕組みとしては世銀と一緒になって融資保障の形を取っているものもありますが、全体としては、全ての根っこは公のリソースを使って支援しています。
しかし、誠に遺憾ながら、戦争も長引いています。戦争をしながら、ウクライナの経済・社会の安定と発展を守っていくには、どうしても民間の力が必要です。「公でできることには限界がある」、「民間だからこそできることがある」、この2つを考え合わせたときに、私たちは、日本の民間企業が持っている技術、ノウハウ、資金、あるいは貿易のためのネットワーク、これらを結集できないかと考えました。
それを束ねて、ウクライナの企業と日本の企業をマッチングする。ウクライナの現状やウクライナの企業のニーズに関する情報を集めて日本企業に提供する。あるいは、日本企業の方から、ウクライナでこういうビジネスをしたいけれども、ウクライナ側のパートナーを見つけてくれないかと言われたときに、情報収集をする。このような様々なことを1つの組織でできるのが、JETROです。まもなくキーウにJETROの事務所ができます。
私は、日本とのビジネスに関心があるウクライナの企業の皆さんには、ぜひJETROにご相談ください、と言いたいです。また、日本の企業の皆さんには、戦時下のウクライナとの間で通常の経済活動、具体的には、貿易や投資、あるいは技術協力を通じてウクライナを支援することをお願いしたいです。ウクライナと日本双方にとって意味のある経済活動を希望される場合にも、JETROにぜひご相談ください。相当色々なことができるようになります。
戦争を恐れている日本の企業もあるのではないかと思います。今、どれくらいの日本の企業がウクライナの市場に関心を持っているのでしょうか。
JETROや他の団体が何度もビジネス関係のセミナーを対面やオンラインで開催しました。そこに参加する企業の数は、毎回数百社を超えます。具体的な引き合い(問い合わせ)もあります。私は、関心は高いと思います。
ただ、まだまだ日本とウクライナの政府が、民間企業の活動を後押しする環境整備をさらに行う必要があると思います。二重課税を防ぐための租税条約の改定はすでに終わっています。それから、投資保護協定の改定作業がもう始まっています。これが改定されると、お互いに相手国に投資する場合の、その投資に対する保護が手厚くなります。こういうものに私たちは手をつけています。
また、私たちがウクライナ政府にお願いしたものの中には、例えば関税庁の改革もあります。実際の貿易や投資活動が始まりますと、それらが極めて大きなインパクトを持ってくると思っています。
日本は多くの支援を実現したと思うが、それはウクライナ国民が評価すること
日本の支援を総括するならば、あえて100点満点で言うと何点ですか?
平野さんもそうだと思いますが、私も、小学校以来どれだけ試験を受けたか、記憶にないぐらいですが、なかなか100点取るというのは難しいですね。実現したいことを全部実現できるということはなかなかなくて、その中でやれることをどこまでやったか、それを常に自分なりに反省して次の仕事に生かしています。
私は先ほど、エネルギー、人道的地雷除去、民間企業の活動の側面支援についてお話ししました。その他、財政支援、人道支援、それから非殺傷性の防衛装備品の支援もあります。
また日本には、戦後の復興の経験もあり、度重なる自然災害からの復旧・復興を通じて、あり得るべき組織やマネジメント、必要な人材の育成について蓄積してきた経験もあります。あまり目立ちませんが、それもウクライナの中央政府と地方自治体にアドバイスとして提供しています。
このように、私は、日本として実に色々な支援ができたと思っておりますが、テストと同じで、それを採点するのは自分ではなくて、ウクライナの人々だと思います。ウクライナの人々に評価を聞いてみたいと思っています。
その中で一つ、私が嬉しかったのは、これまで大きなリーダーシップを発揮してきた岸田前総理が、ゼレンシキー大統領から、最後の会談の際に聖ヤロスラウ公の一等勲章を授与されたことです。また、誠に名誉なことに、一介の大使にすぎない私が、今回離任するにあたって大統領にご挨拶をする機会を頂戴したのみならず、大統領から三等勲章を頂戴しました。このような大統領のご厚意が、ウクライナ社会全体による私たち、日本の支援に対する高い評価を反映しているのであれば、これに勝る喜びはございません。
政権交代後も日本はウクライナ支援を強力に推し進めていく
このように、岸田前首相と松田大使は、全面侵略が始まってから一貫したウクライナ支持の立場を言葉と行動で示し続けてこられ、それによってウクライナの政権からも国民からも大きな信頼を得ています。しかし、今回お二人とも交代となり、日本では石破新首相が誕生しました。私たちは、これまでと同じように日本からの支援に期待していいのでしょうか。
石破新総理の下で新政権が誕生しましたが、ウクライナの社会、ウクライナの国民の皆様は、私たち、日本が引き続きウクライナを支援していくと、安心してご理解していただいて結構だと思います。特に本日4日、石破総理は、日本の国会での所信表明演説の中で、対露制裁と対ウクライナ支援を今後とも強力に推し進めていくと明言されました。また、石破総理は、岸田前総理の問題意識である「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」という言葉も引用されました。岸田前政権から石破新政権への交代がある中で、ウクライナに対する支援に関しては、日本はしっかりと継続していきます。そして望むらくは、支援がさらに拡大、増強されていくことです。私自身、期待しております。
先日、ニューヨークの国連総会会場内で、ウクライナ・日本首脳会談がありました。日本外務省の発表によれば、岸田前首相はウクライナと日本が情報保護協定に実質合意したことを歓迎しました。前回のインタビューの際に、大使は日本は8か国とNATOとの関係に匹敵するものをウクライナとの間にも持つべきで、日本とウクライナ両国は情報保護協定を締結すべきだとおっしゃいました。私の理解では、同協定はまもなく締結されるでしょう。今後、この協定を通じて日本はウクライナから具体的に何を期待していますか?
今年2月に訪日されたシュミハリ首相と岸田前総理が、この情報保護協定の締結に向けた正式な交渉開始を発表しました。それから数次の交渉を通じて、今般その交渉が実質合意に至りました。今後は技術的な署名が残っていますが、署名のタイミングやその場所や形式については、比較的早く調整が済むのではないかと思っています。
今後は、日・ウクライナ双方が、その情報保護協定を活用して、どのように協力し、どのようにそれぞれの国の安全保障の向上に生かしていくか、という議論が必要になってくると思いますし、すでに色々な議論が始まっています。例えば、今回のロシアによる侵略戦争における防衛を通じて、ウクライナ側が得た知識や経験の中には、この戦争の最大の特徴である陸・海・空のドローン(無人機)を活用した戦闘の経験があります。私は、それは必ず日本のために役に立つと思っています。また、北朝鮮のロシアに対する軍事協力の実態がどのようなものかについても、東アジアにある北朝鮮の隣国である日本としては関心のある分野です。
同時に、ウクライナ側においても、さらに防衛能力を高めるために必要な技術に関する情報を日本の企業などから入手するためにも、この協定は役に立っていくと思います。このように情報保護協定は様々な分野において役に立っていくと思いますし、日・ウクライナ双方がしっかりと活用することで、将来に向けた安全保障の強化に必ずつながると考えています。
日本は国際刑事裁判所(ICC)の加盟国であると共に、ICCへの拠出金は世界最大であり、ICCを重視している国だと言えます。モンゴルは、先日ICC逮捕状が出ているにもかかわらず、ウラジーミル・プーチン容疑者がウランバートルを訪れた際に逮捕しませんでした。ローマ規定の締約国にはICCの要求を履行する義務があります。そしてICC逮捕状に有効期限はありません。ICCの逮捕状が出ている人物が日本を訪れた場合、日本は、プーチンのような容疑者を逮捕する準備がありますか?
ICCの締約国には、ローマ規定上及び自国の国内法の手続きに従って逮捕・引渡しの請求に応じる義務があるというのは、今平野さんがおっしゃった通りです。将来のこと、仮定の状況について、あれこれ言うつもりはございません。けれども、日本はICCの最大の拠出国ですし、いわばICCの制度を守り、一番支えている国の一つです。また、現在ICCの所長には日本人の女性である赤根智子判事が就いていらっしゃいます。そのような色々なことを考えますと、私は、必要性が出てくれば、日本はICCの規定に応じて、正しく対応すると信じています。
ウクライナの「平和の公式」が一番適当で正しい提案
中国とブラジルは、独自の和平計画である「6項目のコンセンサス」や「和平の友」プラットフォームを発表しています。これら2国は、いわゆる「グローバルサウス」の国々に対して、自分たちの和平イニシアティブに加わるよう積極的に働きかけています。一方で、日本はウクライナの「平和の公式」を支持しており、日本もいわゆる「グローバルサウス」の国々に「平和の公式」への支持を働きかけています。どの国もグローバルサウスに「平和」イニシアティブへの参加を呼びかけていますが、しかし、その際のそれぞれの「平和」の意味は異なります。日本はこれらの国々に「平和」をどのように説明して、どのように働きかけているのでしょうか?
ロシアによるウクライナに対する侵略戦争に対する私たちの考えは、侵略戦争の被害者であるウクライナにとって公正で、なおかつ将来に向けて永続的な平和が達成されなければいけない、というものです。そして、交渉をいつ開始し、どのような形で、どのような平和を達成するかを決めるのは、ひとえに被害者であるウクライナが、国民の意思を踏まえて決めることです。この「ウクライナが決めるべき」という考えから出てくるのが、ゼレンシキー大統領が提案した10項目の「平和フォーミュラ(平和の公式)」です。私たちは、それが今後の平和を考えるにあたって一番適当であり、なおかつ正しい平和に向けた提案だと考えています。
色々な国が、自分たちの観点から平和について様々な提案をする、そのこと自体は私は悪いことではないと思います。しかし、どこかの段階で、この「被害者が決めなければいけない」という本質や、すでにある被害者の提案に近づいてもらうことについて、我々は、中国やブラジル、あるいはグローバルサウスの国々に対して、どれだけ時間がかかっても丁寧に説明する必要があると思っています。
「平和フォーミュラ」のプロセスにおいて、今年6月にスイスで第1回「グローバル平和サミット」が行われました。そして、今、ロシアも参加出来る形での第2回「サミット」に向けた準備が行われています。その「サミット」により多くの国が参加し、そこでの議論を通じて、最終的に色々な考えがウクライナにとって公正で永続的な和平につながっていくようにするために、日本はさらに多くの外交努力をする必要があると思っています。
前線の日々の戦闘に一喜一憂すると、全体像を見失う
大使は以前、軍事についてもよく学ばれたと聞いております。現在の戦況をどのように評価していらっしゃいますか?
軍事について学んだと言っても、私は主に軍事史から入りました。大学時代にペロポネソス戦争、それからポエニ戦争の歴史を勉強し、そして大学院では、ナポレオン戦争、それからこのウクライナが舞台になった北方戦争の歴史を研究しました。その過程で私は、当時スウェーデンのカール12世と協力したコサックの部隊の運用の仕方、あるいは武器の扱い方を勉強しました。
イヴァン・マゼーパのことですね。
そうです。ポルタヴァの戦いなどがありましたね。そういったことを通じて、私は戦争というのは、戦争当事国の国内状況、特に、国民の支持が本当にあるか、国民に戦争に耐えられるだけのモラル(士気)があるか、戦争を継続するための経済力があるか、このような点も分析する必要があると思っています。
それから、実際の戦闘とその目的を戦略面、戦術面、作戦面でしっかりと分析する必要があると思います。さらに、戦争への新たな武器の投入です。このロシアの侵略戦争とそれに対するウクライナの防衛戦争を振り返ってみると、重要なのはドローンという新型兵器の活用、それを支える電子戦、さらには情報戦だと思います。
私は、このような全体をしっかりと捉えて考えるべきではないかと思っています。別の言い方をしますと、日々の戦闘に矮小化して一喜一憂すると、全体像を見失うと思います。全体像を見失うことの恐ろしさは、我々同志国、パートナー国、友好国が間違った政策に陥る危険がある点です。
私は、この戦争を通じて、戦況を評価する時には常に、この侵略戦争を始めたロシアの目的、すなわち、自由で独立した主権国家としてのウクライナの存在そのものをなきものにするという、その大きな目的が失敗に終わったというのが、第一点目だと思っています。この第一点を、しっかりと押さえないといけません。
2つ目は、戦争当初、キーウや第2の都市ハルキウ、そして南のヘルソンで、ロシア軍が前線で攻勢を強めましたが、そのほとんどにおいてウクライナ軍が戦略的に重要な場所を取り戻したとということです。それが2つ目に重要な点です。
それから、開戦当初、ほとんど海軍と呼べるものがなかったウクライナ軍は、ロシアの黒海艦隊を事実上クリミア半島から東のノヴォロシースクまで追いやり、それにより黒海の少なくとも西半分の制海権を取り戻しました。その結果、オデーサその他からの穀物輸出が行われています。
このような戦略的に極めて重要なことを押さえた上で、現在の戦況を見ます。東部戦線では、ロシア側が引き続き地上における攻勢を行っており、ウクライナ側は防戦に回っています。また逆に、北方方面では、ウクライナ側が越境して、ロシアのクルスク方面に進出しています。地上戦を全体として見ると、現時点ではまだ流動的で、どちらがどのような形で最終的にこの地上戦を収めるかはまだ見えません。しかし、それは、第一次世界大戦の時のように、戦線が全く動かない膠着状態にあるということではなく、双方が激しく攻撃し、激しく防御しており、場所が変わると攻守が入れ変わるという、極めてダイナミックな地上戦が続いているということだと思います。
航空戦においては、キーウを中心にウクライナに対するロシア側のミサイルやドローン攻撃も続いており、そして誠に遺憾ながら、ロシア側は意図的に民間施設やエネルギー施設を狙ってきています。これに対して、ウクライナ側は、自ら開発した長距離射程のドローンを使ってロシア国内の軍事基地や、この侵略戦争を支えている戦略的拠点を攻撃しています。つまり、お互い相手の国内まで手を伸ばす作戦が続いている状況です。
今後この戦争の帰趨を決めていく要素は、この侵略戦争を継続する側と防衛戦争を継続する側の国民のモラル(士気)です。それから、戦争を支えるための装備品や弾薬の問題。さらには、誠に遺憾ながら、多くの兵隊が死傷していますから、それを支えるための兵員の再構築。具体的には動員になります。それらが、彼我双方でどのように行われていくかが重要です。詳しくは述べませんが、多くの人が思っているよりも、ロシアにおいても色々なところにすでに歪みが出てきています。同時に、ウクライナ側にも、戦争が3年目に入った中で、やはり社会にある種の疲労感が出てきています。このようなことに、しっかり注目していかなければいけないと思っています。
最後に、人類の歴史が示すところとして、侵略戦争が最終的に勝利した試しはない、それだけは言えると思います。どんなに時間がかかっても、必ず侵略された側が立ち上がり、最終的な勝利を収めてきました。それが人類の歴史でございます。
「勝利」とおっしゃいましたが、アメリカのバイデン大統領も9月26日、「ロシアは勝たない、ウクライナが勝つ」と言いました。岸田前首相は、昨年3月のキーウ訪問時にゼレンスキー大統領に、勝利祈願を意味する「必勝しゃもじ」を贈呈されました。松田大使も、昨年末にウクルインフォルムへいらっしゃった際に、ウクライナの人々へ「ラーゾム・ド・ペレモーヒ(勝利まで一緒に)」というメッセージをお伝えになりました。また、ゼレンシキー大統領は最近「勝利計画」を発表しています。今、この「勝利」という言葉がいよいよ鍵となっていると思います。松田大使にとって、この戦争における「勝利」とは何を意味しますか? そして、駐ウクライナ大使をお辞めになられてから、今後、大使は「勝利まで一緒に」どのような活動をなさっていきますか?
バイデン大統領も含めて、多くの人が「勝利」というものをしっかりと認識し、それが様々な外交努力の根底に具体的なプログラムとして入ってきたことは、極めて重要だと思っています。ゼレンシキー大統領は、今回ウクライナが勝利をどのように定義し、その勝利のためにどのように計画を立てていくかをしっかりと築き上げた上で、ウクライナにとっての最大の支援国であるアメリカにまず説明しました。今後、それ以外の主要パートナー国、関係国に説明していくと思います。我々にとっては、ウクライナが「勝利」をどのように定義し、それをどのように達成しようとしているかを理解し、それを全力で支えていく、そういう基本的な考えが必要だと思っています。
「勝利」は、ウクライナにとって、ウクライナ人が望む形の、公正で持続可能なものでなければいけません。
また、ウクライナを助けてきた国際社会の同志国・パートナー国にとっては、ウクライナが望む「ウクライナの勝利」を通じて、国際社会がもう一度法の支配の秩序を取り戻し、将来二度とこのような侵略戦争が起きない担保が含まれることが必要だと思います。
私の「勝利まで一緒に」というのは、本当は物理的に一緒にずっとキーウにいたいという思いでした。しかし、今回、体はウクライナ、キーウから離れますが、日本に戻った後も、「ウクライナの勝利」を実現し、それを通じて国際社会全体の勝利に繋がるよう、様々な言論活動やそれ以外の活動を行っていきたいと思っています。
大使がウクライナで活動された約3年間、日本とウクライナの距離は大きく縮まったと思います。他方で、現在戦争によって実現できないこともたくさんあります。その中で大使は、これからのウクライナ・日本関係について、どのような未来を夢見ていらっしゃいますか。
この戦争は、本来必要もなければ全くあってはならない戦争ですが、仮にこの戦争から何か一つ、日本とウクライナにとって良いことがあったとすれば、それはこの戦争を通じて日本とウクライナがお互いの中に真の友人、真のパートナーを発見したことです。これは、私だけではなく、ウクライナ側の関係者もよく言うのですが、2022年2月24日以前の日本・ウクライナ関係は、もちろん外交関係もあったし、それから政治的、経済的な交流もあったし、文化交流もあったけれども、それは数多ある国と国の関係の一つに過ぎなかった。ところが、2月24日を境に、ウクライナ側からすれば遠く離れたアジアに力強い仲間がいたことがわかった。そして我々にとっては、この遠く離れたヨーロッパの戦争は、決してロシアとウクライナの領土紛争などという矮小化すべきものではなく、まさしく第二次世界大戦後の国際秩序に対して、それを破壊しようとしているロシア、こともあろうに、第二次世界大戦後にその反省に立って作られた国際連合の安全保障理事常任理事国であり、国際の秩序、法の支配に最も責任を持つべき国の一つが、それを踏みにじって始めた戦争です。
この戦争を戦っているウクライナというのは、第一には、ウクライナ自らの自由と独立と主権と領土一体性のために戦っていますが、同時に、ウクライナはこの戦争でヨーロッパ全体の防波堤になり、国際秩序を守るための戦争をしている。そのことを多くの日本の国民が理解しています。
その意味で、私は、日本とウクライナの関係が本来必要のないこの戦争を通じて、逆にしっかりと力強くなり、今後の将来に向けて、外交であれ、経済であれ、文化であれ、教育であれ、スポーツであれ、様々な分野で大きく発展していく土台ができたと確信しています。その発展には際限のない可能性ありますし、私は、日本とウクライナの関係がどのぐらい発展していくかが楽しみで仕方がないです。
そこでただ一つ、私の心の中に具体的な夢があるとすれば、それは「直行便」ですね。
直行便! なるほど、それは欲しいですね。ビジネスの方の関心も高まれば、需要は確実に増えるはずですからね。
欲しいですね。キーウと東京、ボリスピリと、羽田でも成田でも良いですが。復興需要に伴う人と物の移動を考えますと、やはりこれは欲しいですよ。
「ムリーヤ(夢)」ですね。
確かに! 「ムリーヤ」ですね! ということで、最後はちょっと大きな「夢」で締めくくりました。
それは実現できるんじゃないですかね。
私は個人的に、大いに実現できると思っております。
最後になりますが、ウクライナの人々と日本の人々にメッセージをいただきたいと思います。
まずは日本の皆様へ。この戦争は、いよいよ3年目に入りました。戦争が長く続くと、得てして、この戦争はなぜ始まったのか、何が問題だったのか、何がいけないのか、ということを忘れがちになります。私も自分自身、常に戒めていることですが、この戦争の本質は、本来あってはならないことが起きたということ、すなわち第二次世界大戦の結果を踏まえて、その反省に立って、二度と戦争が起きないようにするために作り上げた国際連合、その安全保障理事会の常任理事国であるロシアが、自らの責任を放棄し、同じく国連の原加盟国である隣国ウクライナに、いわれなき侵略戦争を開始した。その結果、今国際社会全体が対立と分断に陥っています。
この戦争に関しては、この本質に戻ると、日本として、日本国民一人一人として、どう考えて、どう行動したら良いかが分かります。ぜひ、常にその本質に立ち帰っていただきたいというのが、私の切なる思いでございます。本質を忘れなければ、常に必ず正しい答え、正しい行動に繋がっていくと思っています。
ウクライナの皆様に対しての私のメッセージはただ一つです。私は、今回、日本に帰国します。しかし、私の思いは常にウクライナの人々と一緒にあります。ですから、何かあった時には、ウクライナの友人である、松田が日本で元気にしているということを思い出していただきたい。そうすれば、私も日本でウクライナのために、そして国際社会のために活動する勇気を頂戴できます。ぜひ、私のことを忘れないでいただきたい。それが、私のウクライナの人へのお願いです。