オデーサの通りの名称変更や銅像撤去に反対する集会に市民10名が参加
ウクルインフォルムの記者が伝えた。
集会の運営者は、オデーサの記者であり、市民活動家のレオニード・シュテケリ氏。同氏は、作家の名前に由来する通りの改名に反対を表明した。
シュテケリ氏は、「オデーサの大部分がこれらの人々によって作られたのだ。私たちは、銅像の撤去と彼らに由来する通りの名称の変更に反対している。私たちの課題は、オデーサの歴史はこれらの人々の上に成り立っており、彼らの銅像を破壊することは、町を破壊することだと喚起することだ。それは歴史に対する犯罪だ」と発言した。
オデーサ州軍行政府の脱植民地法執行作業部会のメンバーであるアルテム・カルタショウ氏は、脱植民地は必要だとし、なぜなら社会の一部が今もまだ戦前のパラダイムに残っており、オデーサの歴史をロシア流の歴史と結びつけてしまっているからだと発言した。
通り名称改名への抗議するオデーサ市民10名の集会 写真:ニーナ・リャショノク/ウクルインフォルム
カルタショウ氏は、「良質な再考は、将来の世代がロシアのコンテンツから断絶することを促進する。プーシキンは、あのソロヴィヨフと同じである。文学が好きな人がいたとして、文学が禁止されているわけではないのだ。市場では、『我が闘争』も買える」と発言した。
なお、オデーサ市議会は、キペル・オデーサ州軍行政府長官の指示を受けて、ロシアや帝国の政治のシンボルを含む19の銅像の解体・移転を計画している。
その中には、プーシキンの胸像、バベリやゴーリキーの銅像などが含まれる。また、メチニコヴァ通りでは、チェキストの壁が撤去される。
トルハノウ・オデーサ市長による指示の見直し要請は棄却されている。
また、オデーサでは、州軍行政府の命令により、84の通りの名称が改名されている。