パウロ・パリサ・ウクライナ陸軍第93独立機械化旅団「ホロドニー・ヤル」指揮官
将校にはバランスの取れた攻撃性と賢明なリスクに対する準備があるべき
26.07.2024 12:24

今、ソーシャルメディアはウクライナ軍人への批判であふれかえっている。批判の中には真っ当なものもあるにはあるが、多くは不当かつ悪意に満ちたもので、控えめに言っても、偏ったものである。しかも、その批判は真に受けられている。軍内では、「指揮官はフェイスブックの投稿によって解任される」という悲しい冗談さえ出てきているほどだ…。私たちは、それは正しくないと思うし、このような戦争において、それは危険なことだと確信している。とりわけ、ウクライナでの10年以上となる戦争の間に、私たちの死の敵に対峙しながらウクライナ軍を勝利に導くだけの能力ある戦闘将校の世代が育ってきているのだから。

そこで今回、私たちは新たに「勝利の指揮官」シリーズを開始する。

パウロ・パリサ大佐は、旅団「ホロドニー・ヤル」の指揮官であり、現在、非常に「熱い」場所にいる(気温だけの話ではない)。現在のドネツィク州の状況により、パリサ旅団指揮官から短い話を得るだけも数日かかった。しかし、その話は1年だろうと待つ価値はあった。別の指揮官から引き継いだ「ハンテル(狩人)」というコードネームを持つ39歳の指揮官は、すでにボフダン・フメリニツィキー勲章を持つ騎士であり、武功十字勲章と10年間の戦争の経験を有す。バフムート防衛に関して、彼はいつか1冊の本を書くつもりだと言う…。彼は、兵士たちに常にオープンに向き合い、同僚の将校たちとは「ヴィ」(日本語編集注:ウクライナ語の丁寧な二人称)を用い、自らの「ホロドニー・ヤル」を常に誇りに思っている。ハンテル氏は、「軍役に就くことは、義務では全くなく、自分の将来のための闘いだ」と確信している。彼はかつて軍人になることを夢見て、多くのことを一生懸命に勉強し、現在は全てに全力を尽くし、多くの仲間が命を捧げたウクライナの未来がどうなるべきかを確実に理解している。

聞き手:テチャーナ・ネホーダ(キーウ)


兵士のおもちゃを集めていた子供が「ホロドニー・ヤル」指揮官になるまで

大佐、あなたがリヴィウ陸軍学校に入学した動機は何でしたか? あなたは当時、何を考え、何を望んでいましたか? どうしてその職業を選んだのですか?

その点で、私は非常に幸運でした。なぜなら、私はずっと軍人になることを夢見ていたからです。私は、学校でクラスメートから迷彩柄のオムツを履いて生まれてきたとからかわれていました。

つまり、活躍を夢見ていたということですか? どうしたら子供がそのようなことを夢見るのかわかりません…。当時はまだ戦争は予期されていなかったですよね?

私は、軍人の家庭で育ったのです。父は軍人で、今はもう退職しています。私たちは、引越しをたくさん経験し、私は軍の町で育ちました。あなたは、軍の町の雰囲気を知っているでしょうか。そこは町全体が基地生活なのです。その経験から、私の頭の中で、他のことはあり得ないという考えが生じていたのでしょう。他がだめだと言うわけではなく、私はその考えを気に入っていたのです。また私は多分、それを男性の仕事だと思っていましたし、私はおそらくこの分野なら、国のために最も役に立つことができるだろうと考えていました。友達が、自動車のおもちゃを持っていた時に、私は装甲輸送車、戦車、兵隊のおもちゃコレクションを持っていたのです…。

なるほど。では、米国に留学した時(編集注:パリサ氏は、カンザス州レブンワース砦にある米国指揮幕僚カレッジで勉強したことがある)、私たちと米国の軍事教育の間に、何かしら決定的な違いに気が付くようなことはありましたか? 例えば、私は、米国の将校のためには歴史の推薦図書、愛国的な図書のリストがあること、将校の人格やある種の資質を形成するためにそれらを読むことが重視されていることは知っています。

米国での滞在は1年であり、私に教育システムを比較する資格が十分にあるとは思いません。私は、ウクライナでは国防大学指揮幕僚学校で作戦戦術レベルを修了したのですが、それは、カレッジのものとは全く異なるものです。おそらく、それらを比較するのはあまり適切ではないでしょうが、ただし、米国で印象に残ったことなら話せます。第一に、プログラム自体の構築から士官候補生の選抜や教師陣の資格に至るまで、全てが細かく、アプローチが非常によく考えられていることです。私は非常に感銘を受けました。形式は私がそれまでに慣れていたものと違い、授業の準備には非常に多くの時間がかかりました。例えば、数日前に宿題を受け取り、授業が始まる前に読まなければならないもの、しなければいけないことが与えられます。そして、授業になると、ただ質問に対する答えを述べるのではなく、それに対して、自分の見方、具体的な例について議論するのです。批判的思考を活性化することに多くの注意が割かれています。校長が始業時の学生に対するスピーチの際に、そのカレッジの学生になれたことを誇るよう呼びかけ、同カレッジでは「ブレインレンジャー」が育てられると述べていて、私はそれが気に入りました。「ブレインレンジャー」とは、常にリスクを分析・評価し、普通の課題に対して非凡なアプローチを模索する(者)、という意味です。

勉強は多面的で、軍事的な専門に限定されてはいませんでした。例えば、大企業の経験、リーダーとしての資質が民間組織の中でどのように機能しているか、心理学の基本的知識の活用なども学びました。非常に多くの時間と注意がコミュニケーションスキルに割かれていました。部下に課題を正確に出し、上級指揮官に無駄なく状況を説明・報告するためです。必要な情報をより短時間で、他方で本筋を増やしながら伝えるにはどうするか。それは素晴らしい学習でした。

読まないといけないものがとてもたくさんありました。実際当時の勉強は大変でした。「悪夢だ、何でこんなことをしないといけないんだ?」と思ったことは一度や二度ではありませんでした。徹夜で文献を読み、宿題をして、朝になったらノートブックを閉じて、コーヒーを飲んで、リュックに荷物を詰めて、授業に向かうということが何度もありました。

でも、多分、その経験を後悔していないんですよね?

後悔していません。それは極めて有益でした。軍事の点からも、人生経験としても。

今、多くの人が、ウクライナの将校の中にはまだソ連的な人もいれば、新しい世代の人もいると話しています。あなたは、現在指揮官はどのようであるべきだと思いますか? 私にはわかりませんが、もしかしたら「NATO的」で、時代のニーズに応えるような人でしょうか?

私は、将校へのニーズや要件はどんな時代でも同じだと思っています。問題は、その人の仕事の方法論であり、持っているべきスキルです。私は、将校は何よりも自分のポジションにおいて能力あるリーダーであるべきだと思っています。私は、素晴らしい、例えば、中隊の指揮官を知っています。彼らは鋼の人たちなのですが、その後大隊の指揮官に任命されて、ダメになってしまいました…。そういう任命で、私たちは、優秀な大隊指揮官を得ることができずに、素晴らしい中隊指揮官を失ったのです。中隊指揮官は、自分のチームのリーダーで、人々は彼らについてくるし、指揮官は明るく、賢く、自分の部隊の戦闘能力を全て把握し、人々に対して個別アプローチを持っていたりしました。一方で、彼は大隊指揮官になることはできなかったのです。そういう時は、「お前ももう大隊指揮官になる時が来た、時間は限られているのだ」というようなことは言わずに、その人物は中隊指揮官のままにしておくべきなのです。この手の問題では、時間が決定的な意味を持つべきではないです。

将校には、バランスの取れた攻撃性と賢明なリスクに対する準備があるべきです。バランスある攻撃性こそが、軍学校、資質向上コースやその後のプロセスで学ぶ際に養われるべきです。なぜ、バランスある攻撃性が重要なのだと思いますか? なぜなら、その特性によってのみ、指揮官は戦闘時に敵から主導権を奪うことができるからです。間違っているかもしれませんが、私はそうあるべきだと思っています。そして将校には、必ず地位にふさわしい知性と知識が必要です。なぜなら、誰かがどれだけ成長し、出世のはしごを登りたいと思っていたとしても、前述のように、無能な大隊指揮官となるよりは、鉄の中隊指揮官がいた方が良いわけです。

では、あなたはどのような指揮官なのですか? 要求が多いのか、人間的なのか、厳しいのか、それとも適度に攻撃的ですか?

その質問は私ではなく、部下に向けるべきです。

あなたは、今なら冷静に話せるような、何かしらの過ちを犯したことがありますか?

事例は挙げませんが、もちろん過ちはありますし、もう分析し終えた多くのことがあります。そして、私は、今後も分析し続けると思っています。一番大切なことは、そこから正しい結論を導くことです。

良い兵士と「性格を持つ」旅団は、どうやって生まれるか?

「ホロドニー・ヤル」について話しましょう。あなたはしばしば、この旅団は「性格を持つ」と強調しますね。その「性格ある」旅団は、どうしてそのようになったのでしょうか。あなたは、自分の部隊の兵士のことを把握していますか? 例えば、彼らのプライベートの事情、感情、問題、装備水準のことにどれだけ関わっていますか?

何から話しましょうか? そうですね、「性格」の話からにしましょうか。旅団の性格というのは、人の性格と同じで、ある種の個々の資質の集合体です。これは、私がまだ第93旅団に仕える前に気が付いたことですが(思うに、第93旅団と接触したことのある人は皆同意すると思いますが)、この旅団は強靭さ、持久力、忍耐力という特徴を持っています。軍の兵士は、社会の縮図であり、私たちの中にはウクライナの様々な地域の出身者、様々な年齢層の人がいます。部隊と兵士の性格について話すには、旅団の歴史自体が説得力を持って物語るかもしれません。この旅団は、2014年から最も激しい前線を経験してきました。ドネツィク空港、アウジーウカ、ピスキー…、それから(編集注:2022年2月以降の)全面戦争期には、スーミ州解放、イジューム作戦、ソレダール戦、そしてバフムート防衛作戦。バフムートでは第93旅団が市の防衛の主役でした。そして、今旅団が活動している、高い烈度で形容される地点でもそうです。兵士たちは耐えています。もう全面侵攻当初の兵員ではありません(当時は大半が契約兵でした)。しかし、旅団の強靭さは維持されており、動員兵も契約兵の求人で入隊した人たちも、一丸となっています。旅団に残っている骨格が、自らの経験、知識、能力、部分的に精神を伝えているのです…。リソースが無限ではないこと、旅団の完全再生には時間が、多くの時間が必要なことはわかっています。しかし、兵士たちは、とても頑丈に全力を尽くしています。指揮官も軍曹も鋼の精神を持った人々です。彼らは毎日、多くの課題を解決しなければなりません。陣地の交代をどのように行うか(主な問題は、そこに気付かれずに辿り着くことです)、部隊のためにMavic(編集注:無人機)をどうやって見つけるか。失われた資産を償却し、弾薬、通信機、水、野戦食の陣地への配送を組織したりしなければなりません。中隊や小隊で、誰かが家族の事情で緊急に休暇を取らねばならなかったり、自動車を修理せねばならなかったり、5億の問題を解決せねばならなかったりするのです。そして、その全てのことと同時並行で、戦闘をコントロールし、担当地域で偵察を行い、訓練のケア、戦闘訓練実施の確保を行わねばならないのです。つまるところ、人々には甚大な負荷がかかっているわけですが、しかし、正にそれら全てのことが、おそらく、旅団に強靭性と忍耐力をもたらしているのでしょう。私は、人的資源は無限ではないことはよくわかっています。ここでいうのは、人数のことではなく、何よりも心の中の資源のことです。イニシアティブが消えてしまった時に、人々の中で気持ちが燃え尽きてしまうことは、何としてでも避けたいです。

旅団指揮官というのが個々の兵士のことをどれだけ把握することができるのか、理解しようとしてみました。例えば、旅団の半分の兵士の名前を覚えていたりしますか?

残念ながら、私はその点は自慢できません。現状、それはほとんど不可能だと思います。

軍事に関して何らかの指針を持っていますか? 例えば、ヴィクトル・ムジェンコ(元参謀総長)は孫子を引用しますし、ザルジュニー氏はヨーダによって「スターウォーズ」と関連付けられています…。もしかしたら、あなたも将軍や中国の戦略家を参考にしていませんか?

私はそれら全てに興味がありますし、アメリカへ行く前は、私は自分の趣味は読者だと思っていました。しかし、アメリカでは、もう二度と本は手にしないだろうと思うほどにたくさんの本を読まないといけませんでした。将来いつか、趣味の時間ができることを期待しています。歴史の本、特に色々な偉人の本を読むのが好きです。

15年前、私はある本(軍事には全然関係ない本です)の中で面白い一節を見つけました。それは、「1人1人の兵士は、将軍になることを夢見なければならないが、しかし、それは本当に将軍なるためではなく、良い兵士になるためだ」というものです。その一節は、勉強していた時にとても役に立ちましたし、今も苦しい時に支えてくれています。ただし、率直に言うと、将軍になりたいという願望は全くありません。私たちは軍では皆、兵士であり、肩書きは責任の重さを示しているに過ぎません。

あなたには、もう自分の回想録を書けるだけの経験がありますね。これまでの戦争の年月の中で、特に激しく思い出されることは何ですか? 何について、誰について、例えば、自分の孫に伝えようと思いますか?

皆のことを一度には思い出せるものではありません。実際のところ、そういう瞬間は非常にたくさんあります。全ては数え上げられないでしょう…。しかし、2014年の記憶の始まりが消えることはないでしょう。同様に、全面戦争の始まり、リシチャンシク製油所の最初の戦い、私が指揮官となる名誉を得た第5独立襲撃連隊とのこともです。そして、もちろん、バフムートのことも。私は、単に場所のことを言っているのではなく、出来事、そこで戦った人たちのこと、彼らの行動のことを指しています…。そこでは、非常に多くのこと、英雄的なこと、ネガティブなことがありました。というのも、戦争では人々の特性が、とても良い方向にも、とても悪い方向にも浮き上がってくるのです。ある人に対して全く期待していなかった時に、その人が真の偉業を実行したりするような事例を知っています。驚きますよ。

登山や読書のための時間ができる時のこと

前線の出来事や、世界情勢について、あなたは今どんなことを考えていますか? 何を感じていますか? 疲れでしょうか、それとも失望でしょうか? というのも、世界はおかしくなってしまったと感じることが時々あるので…。

もちろん、疲れは感じていますよ。しかし、歩兵がどのように活動しているか、榴弾砲兵やその他の分隊の状況がどれだけ緊迫しているかを見ていたら、私に疲れを思い出す余裕は一切ないことがわかります。苦しい時が続いています。そして、私は、敵が今年実行した前進は、彼らと私たちが去年、2023年に行ったことの結果なのだと思っています。そして、もし私たちが別の結果を得たいのであれば、私たちは、今その基盤を築かなければならない。とにかく今後も苦しいでしょうが、しかし、私たちには諦める権利はないのです。私たちに未来に対する信念があるからだけでなく、亡くなった人たちを偲んだ上での未来を作りたいと思っているからです。この国に、私たちが夢見ているような未来が生じるように。

その上で、あなたは自分をどのように調整しているのですか? 何を信じているのですか? 西側がいつか然るべく支援してくれることですか? プーチンがいつか死ぬことですか? あなたの心の奥深いところには、どのような期待がありますか?

私は西側には期待していません。何よりも自分に期待すべきです。私が米国ではっきりと理解したことは、個々の国の目的は自国の国益を守ることだ、ということです。そして、私たちは、そのことに集中し、自らの行動を取るべきで、何よりも私たちの国益があるという観点から、自らの行動を計画していかねばなりません。パートナー国は、私たちを助けながら、自らの国益を守っていくのだということも考慮すべきです。ウクライナの勝利は、私たちの仕事であって、西側の仕事ではないのです。

そう思います。しかし、その中でも、休み、頭をリフレッシュさせる手段が必要でしょう。あなたはどのように休んでいますか? ひょっとして、音楽を聴いたり、ソーシャルメディアの投稿を読んだりしていますか?

投稿も少しは読んだり聞いたりしていますが、それは個人的な分析のためだけです。本を読むようにしており、オレーナ・チェルニンカ氏が書いた本を読み終えることを願っています。彼女は、バフムートで行方不明になった兵士の母親です。たくさんの素敵な本をプレゼントされており、私はそれらを全部読んで、ぐっすり眠ることを夢見ています。

この質問はもしかしたらナイーブで、不適切かもしれませんが…、あなたは将来の計画を立てていますか? 夢を持っていますか?

実のところ、あります。ただし、私は夢や計画には慎重に接しています。今はこのように大変な時であり、失望したくないのです。しかし、明日、もし突然戦争が終わるのなら、私は、おそらく10日間ほどどこかの山へ行きたいですね。インターネットのないところへ。数冊の本を持って、それを読んだり、寝たり、自然や静寂を観察したりしたいです。多分、それですね。

多くの専門家が、このウクライナとロシアの間の紛争には政治的な解決策がない、何年も続く大戦争であり、あり得るのは戦闘烈度の低下ぐらいだろうと話しています。あなたに「物事がうまくいった」と感じさせるものは何でしょうか? あなたにとって勝利とは、勝利の始まりとは、勝利の重要なシンボルとは何でしょうか? 2月24日時点の境界線への到達? あるいはクリミアやバフムートの奪還でしょうか? それとも私たちの町に対する攻撃の停止でしょうか?

1991年時点の国境への到達は勝利への大きな一歩ですが、しかし、それもまだ勝利ではありません。私たちが安全を保障し、潜在的な敵(それが誰であってもです)がウクライナとの戦争シナリオを検討すらできなくなるようになった時に、勝利は訪れます。歴史は、ロシア連邦、ロシア帝国が目標を軍事的手段で達成したことは稀であることを物語っており、その点から結論を導き出すことが重要です。彼らは、ほとんどの場合、複合的な手段で目的を達成してきました。よって、私は、将来にわたって私たちがそのシナリオから自らを守れるようになることを望んでいます。私たちの状況は、おそらく、50〜70年代のイスラエルのそれと似ています。私たちもまた勝たねばならないし、そうでなければ、私たちは滅ぼされます。物理的にも、私たちの国家性も、ネイションのアイデンティティも。

トピック

ウクルインフォルム

インターネット上の全ての掲載物の引用・使用に際しては、検索システムに対してオープンであり、ukrinform.jpの第一段落より上部へのハイパーリンクが義務付けてられています。また、外国報道機関の記事の翻訳を引用する場合は、ukrinform.jp及びその外国報道機関のウェブサイトにハイパーリンクを貼り付ける場合のみ可能です。「宣伝」のマークあるいは免責事項のある記事については、該当記事は1996年7月3日付第270/96-BPウクライナ法「宣伝」法第9条3項及び2023年3月31日付第2849ー9ウクライナ法「メディア」の該当部分に従った上で、合意/会計を根拠に掲載されています。

© 2015-2024 Ukrinform. All rights reserved.

Website design Studio Laconica

詳細検索詳細検索を隠す
期間別:
-