スヴィトラーナ・ドリューク「DPR義勇兵」のウクライナ側への「寝返り」と社会の反応
これは、短く言えば、ウクライナの特務機関による大成功の話である。しかし、この「DPR戦闘員」に関する特殊作戦には、様々な疑問が呈されている。
3月3日の夜、保安庁(SBU)の特殊作戦に関するセンセーショナルな一報が、ウクライナ社会を驚かせた。そして、このニュースは、いつもどおり、社会を二分している。かたや、「犯した罪をもって裁かれるべきだ」と言う者、かたや、ウクライナの諜報機関の作戦成功に歓喜する者。
この話は、ウクライナ側に寝返り、ウクライナの諜報機関に現在協力している、「ドネツィク人民共和国(DPR)」支配地域に駐留するロシア連邦第一軍集団第11旅団副司令官、スヴィトラーナ・ドリューク氏についての話である。
記者のアンドリー・ツァリイェンコ氏の番組では、「ヴェチェロク(小さな風)」のコードネームを持つこのドリューク氏が最近ウクライナの特務機関に内通し、重要な情報を提供、その後、この内通情報のおかげでウクライナ側はトレーズ近郊のロシアの新型戦車8両の殲滅に成功、そしてウクライナ防諜部隊がドリューク氏の被占領地からの避難を計画、まずドリューク氏本人を、その後、彼女の息子と娘を脱出させた話が取り上げられている。
「非常によく練られた防諜作戦である。今日まで、スヴィトラーナは自身の過去の雇用者に対して『今私は露ロストフにいる』と嘘をつき騙してきたのである」…番組ではこのように語られている。この秘密が明かされたのは、彼女の子どもたちが安全な場所に移動してからであった。ところで、彼女の子どもの一人、18歳の息子の方は、彼女同様武装集団「義勇兵」の一員であった。
SBU広報室は、3月4日、本件につき「(ドリューク氏の)ウクライナ側への移動は、長く続いたSBUによる防諜作戦の最終段階である。これにより、ロシアの対ウクライナ侵略の価値ある証言者を得たことになり、同時に、ロシア連邦軍幹部とロシア特殊部隊職員のドンバスにおけるテロ活動組織における役割に関する重要な情報が得られる」と発表している。
本件は、ロシアにとっては強烈な平手打ちであろう。彼らは、最近「人民ヒロイン」なる名前で、女性戦車操縦者である彼女に関するプロパガンダ映画を撮影したばかりであり、5月9日の「戦勝記念日」に上映するつもりでいたのだ。今回の出来事を受け、彼らは「映画などない」と言うか、あるいは、公開までの2か月間で誰も今回の出来事を思い出さないように映画の内容を変えるかすることになろう。
番組では、「彼女は、高い記憶力と能力の高さから、傭兵部隊におけるキャリアの階段をすばやく駆け上っていった。上ったキャリアの頂点が、武装集団内で最も戦闘能力の高い部隊『第11連隊』の司令部入りである」と語られる。武装集団の「第11連隊」とは、皆が良く知る「ヴォストーク大隊」であり、2014年5月初頭に形成され、ドネツィク空港の襲撃や、ドネツィク州行政府庁舎占拠、マリニウカ通過検問地点攻撃に参加していた「部隊」である。
彼女は番組内で「私は『お前は戦った、お前は人を殺した』と言われる。確かに、2014年、私は師団本部長であった…。私は、言い訳はしない。その時は、そういう時だったのだ」と述べる。
スヴィトラーナは、自らの人生を完全に変え、ウクライナ側につく決定を下させたのは、「個人的動機」だと言う。「私には、『友人』がいる。私は 『友人』であって欲しいと思っている。彼は、私のとても近しい人物である。彼は、特務機関の一員である…。私は、普通に生活している。現在、ある問題の解決が行われており、それが解決すれば、私は理想的な生活が送れるようになる…。今あちら側(編集注:武装集団側)にいる人々は、なぜ私がこのような行動を取ったか、なぜ私が子どもを向こう側からこちら側に移動させたか、いずれ理解するであろう」と述べる。同時に、「今後、私の親族は、私に敵対することになろう」とも述べた。
ウクライナ社会の異なる反応
ソーシャル・メディアは、本件に関するコメントであふれかえっている。中身の幅は広く、罵りから「美人だ」という類のものまで、様々である。
「彼女は、ウクライナ兵を殺したんだろう。それでウクライナ側に寝返った今、全てがうまく行くというのか?理解できない、馬鹿げている」、「彼女を裁かなければならない。そうでなければ彼女に殺された兵の母親はどうすればいいんだ?理解を示して許せというのか?」。「少なくとも彼女が物事を理解し、正しい行動を取ったことは良かった。ハーグ(の国際刑事裁判所)で彼女が証言してくれるのなら、彼女を許さないわけにはいかない」というコメントもある。
そして、多くの人がSBUを賞賛している。「戦車8両!すばらしい!防諜に敬意を!」、「なんだかんだと防諜が活躍してるね!」、「SBUの素晴らしい作戦を褒めないと!」他には、「あの女性は、ずっと特殊部隊の『間者』だったわけだ」、「彼女は、課題を遂行した。他にどれだけ彼女のような女性や男性が武装集団の中に紛れ込んでいるのだろうか。いずれ知ることになろう」等と予想を立てる者もいる。
同時に、今回のストーリーの信憑性に疑念を持つ者も少なくない。防諜がこれまで静かに活動していたのに、ここに来てなぜ騒ぎ立てるのかと、報道に疑問を持つものもいる。「何なんだこれは、誰のゲームだ?」、「誰の宣伝だ?」、「トロイの木馬を送り込もうとしてるのでは?」、「何で選挙前にこんなことが?」…。
多くの期待も示されている。「これは始まりに過ぎない」、「これからウクライナ側に多くの人が寝返るぞ」、「理由は不透明で、理解できないが、しかし、『ソ連ラブ』のやつらの尻に火がついたのは間違いないな」、「ルハンシク・ドネツィクの『幹部』は恥ずかしい思いだろう」、「沈む船からは、人は逃げ出すものだ」、「ドンバスでさえ理解する者が現れ始めた。ロシア世界全体がそのうち過去の産物となるだろうな」、「イロヴァイシクは、医師が全員同市を立ち去っている。何のために戦う必要があるのだろうか」、「前までは、『ウクライナのファシスト』だとか『バンデラ主義者は人間の子どもを食べる』、『子どもが銃殺された』等といった偽の物語があったものだ。でも、彼らは、私たちが全く普通の人間だということに気がつき、がっかりしているようだ」。
そして、「複雑な気持ち」も示されている。「今回の寝返りの話で、非常に入り混じった気持ちを抱いている。一方では、彼女は戦い、おそらくウクライナの兵を殺したのだから、彼女が罰されて欲しいという気持ちがある。他方では、本件は、私たちがロシアや露プロパガンダが描くような人間じゃないことを示すきっかけでもある」…。
「おお、神よ。この戦争を早く終わらせてくれたまえ。全ての『分離主義者』なる者が、あの番組のヒロインが行ったような行動をとりますように。私は、彼らを許します。なぜなら、遅かれ早かれ戦争は終わるのだから、もし彼らが今こちら側に来なければ、戦争が終わったときの彼らの罪は今より大きくなっているでしょうから。そして、私たちは、賢くあらねばならないのです」。
「彼女の行動には疑問がある。他方で、彼女に恩赦を与えることには利益があるだろう」、「そうかもね。そうすれば、私たちはあちら側から多くの人間をまともな生活に戻すことができるだろう。そうすれば、あちら側は今より大変になるだろうし」。
ウクルインフォルムは、諜報、司法、政治分野の専門家にコメントを求めた。
ユーリー・ラドコヴェツ元ウクライナ国防省情報総局副長官(2000~2003年、2013~2015年)、中将(予備)
「無罪とせず、褒賞もせず、焦って『伝説の女性』などと呼ばず、何よりまず、ていねいかつ必要な調査をすべき」
私は、あらゆることに対し批判的に接することに慣れている。戦争は5年も続いており、目と鼻の先に大統領選挙と議会選挙が近づいている。敵の課題はシンプルであり、あらゆる手段でウクライナ国内情勢に影響を及ぼし、分裂をもたらし、疑念、あるいは、根拠のない高揚感をまきちらし、そのあとで落胆させる、といったものである。敵が必要としているのは、ウクライナでの完全な混沌である。プーチンは、クリミアに関してもドネツィク・ルハンシク両州被占領地域に関しても、これまでの計画を変更していない。ロシアが9万という数の軍を対ウクライナ国境沿いに集結させ、その数が徐々に増え、その集まっている部隊が攻撃的性格を有している、ということが示すのは、この軍が、ウクライナ国内で政治的分裂が生じた際に、行動するかもしれないということである。それゆえに、現在の状況には、批判的な慎重さを持って接しなければならない。
第一に、(ドリューク氏を)無罪とせず、褒賞もせず、焦って『伝説の女性』などと呼ばず、何よりまず、あらゆる情報に対していねいかつ必要な調査を行わなければならない。全てを分析しなければいけない。彼女がどこで学び、どこで働いていたか、彼らの親族は誰か、誰と連絡を取っていたか。現在あちら側にいる者たちの見解や、彼女に関するあらゆる噂の類の分析も必要である。それは膨大で時間のかかる作業となる。(編集注:ウクライナの英雄と認定された後にクーデター企図等の容疑で起訴された)ナジーヤ・サウチェンコの時のように急いではならないのである。
私は、騙された人、脅されたあちら側につれられていった人達に関しては、もちろん、ウクライナ側に寝返って欲しいし、恩赦が与えられて欲しいと思っている。しかし!ある者が、成人であり、教育を受け、独立ウクライナで暮らし、自分の意思で敵の側へ移ったのであれば、さらには、テロリストの戦車部隊に指示を出していたのであれば、その者への罰は厳しいものでなければならない。
しかし、第二には、私たちは国際法の枠組みで行動しなければならない。国内法だけで行動してしまえば、国際刑事裁判所などからの信頼は失われてしまうであろう。
ナジーヤ・ヴォルコヴァ、法律家・国際関係専門家、「ウクライナ法的諮問グループ」コーディネーター
「ある人物が、自発的にウクライナ側に寝返り、本当に価値ある情報を有しているのであり、協力の用意があるのならば、捜査官は、そのような人物と同意書を締結するもの」
まず、捜査官が、然るべき捜査を行い、ドリューク氏が確かに人を殺した、あるいは、戦争犯罪の促進を行ったことが判明するのなら、もちろん、そのような人物は裁かれるであろう。どのような罪を得るかは、別の問題である。第2に、ある人物が自発的にウクライナ側に寝返り(投降し)、その際何かしらの価値ある情報を有し、協力する用意があり、例えば別の人物等に関する証言を提供する用意があるならば、通常、捜査官は、このような人物とは同意書を締結し、今後、何をするかを決めるものである。つまり、恩赦対象とするか、懲役期間の短い条項により裁くか、である。このような人物の扱いは、国内法が定めている。しかし、私たちが、国内法を国際法に適合させたいのであれば、国際法を分析する意味は十分にある。
第3に、彼女が協力を始めたときにすでに、ウクライナの特殊部隊あるいは国防省と合意文書を締結していたのだろうか、という疑問がある。もしそうであれば、彼女は不可侵権を得て、今後我々は、誰もそのことについて知ることはないであろう。
ドミトロ・バチェウシキー、政治技術専門家
「そもそも指摘されるような『防諜の恋人』なる人物は存在しなかったという可能性も排除されない」
我々が有している情報からは、スヴィトラーナ・ドリュークなる人物がウクライナの特殊部隊のためにかなり長い期間協力をしていたのだろうと結論付けられる。そして、彼女は、プロパガン的効果の面と安全の面で最も効果的なタイミングで現れたのだろうと。
彼女に対する刑事捜査については、一切聞こえてこない。通常価値ある証言者に対して提示される、短縮された懲役期間、といった話すら聞かれない。これは、彼女の敵側での行動が、犯罪として看取されていないということである。そのようなことが可能なのは、彼女がエージェントとしてウクライナの特殊部隊と長らく活動していた場合のみである。
さらに、テロリスト側の報道によれば、彼女の息子も「義勇兵」の中に混ざり、娘はボランティアとして活動していたという。
ドリューク氏のウクライナ側への帰還後の気分は晴れ晴れしいようであり、明らかに課題遂行後の開放感を感じているように見える。
そして、ウクライナの特殊部隊隊員に対する恋愛感情に関するストーリーであるが、一見美しく聞こえ、今回の行動の論理的説明かのように見える。しかし、実際には、彼らはどのように知り合い、恋に落ち、リクルートが生じたのだろうか?インターネットを通じて?これらに関する説明はない。「防諜の恋人」なる人物は、実は存在しない可能性も排除されない。
(8台の)戦車の爆破についての話に関しては、ドリューク氏の参加を得て破壊が行われたのであれば、彼女は、あちら側にいながら、ウクライナの工作グループと連絡を取っていたことになる。彼女がロシアの特殊部隊のコントロール下にはなく、ウクライナの軍人を明け渡さないという点についての保証はどこにあったのだろうか?もしウクライナ側が彼女を信頼していたのであれば、それは相当の信頼である。
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ドリューク氏が「ヴェチェロク(小さな風)」というコードネームのように、被占領下ドンバスにおける、「世論の変化」という嵐の前の「小さな風」であると思いたい。あちら側で、抵抗を止めるだけでなく、外から来た人々と袂を分かつ準備ができる日のことである。歴史上もそうであった。大きな問題は、膨らみ続けると、問題が自分で自分を解決するかのように、消滅するのである。ソヴィエト連邦共産党は70年間政権を確固として維持してきたが、2日間で消滅した。それは、あたかも誰かが吹き飛ばしたかのようであった。サダム・フセインの30年体制も、2週間で陥落した。
プーチンと被占領下のウクライナ領に作られた「ロシアの世界(ルスキー・ミール)」支部に関しても、同様のことが起こるであろうか。起こるであろう。ウクライナは、特殊部隊の成功裏の作戦等をもって、その日を近づけている。今回ヴァシーリ・フリツァークSBU長官は、こう言った。「今回の作戦は、ロシアとウクライナの特殊部隊間の知性と専門性の競争であった。結果として、私たちは、ロシアの武力侵略の更なる証拠を得たのである」。
オレクサンドル・ヴォリンシキー、ミロスラウ・リスコヴィチ、キーウ