バイデンの外交戦略 中国、欧州、ロシア・ウクライナ

バイデン政権は、前政権の対中対抗戦略を引き継ぎつつ、世界のリーダーとしての地位を復活させようとしているが、しかし、今のところはそれが対欧州の外交政策に否定的な影響を及ぼしている。

筆者:ヤロスラウ・ドウホポル(ワシントン)

バイデン政権発足後の8か月間、米国の外政は前政権と比べて、大きく変化した。何より、米国は、国際的野心を著しく拡大しており、トランプ前大統領と違い、グローバルなリーダーとしての役割を取り戻すための資金拠出も増やしている。それをよく示しているのが、新型コロナウイルス拡大への対応と気候変化への対応であり、また米国の個別地域における外交を通じた影響力の拡大もその一例である。

しかし同時に、トランプ時代から変わらないでいるのが、米国の対中対抗戦略であり、むしろより強力になっている。他方で、そのアプローチが、米国の欧州方面の政策に対しては、否定的でしばしば破滅的な影響をもたらしている。

White House Photo by Cameron Smith

米国の対中戦略

バイデン政権は、3月初旬に24ページにわたる新政権の安全保障政策の基本を記した大きな文書を発表した。

そこには、とりわけ、中国が「安定し開かれた国際システムに対して強靭な挑戦を生み出すために自らの経済力、外交力、軍事力、技術力を統合する潜在的能力のある唯一の競争相手」と表現されている。言い換えると、米国の主要な対抗相手は、この時から、(ロシアではなく)中国となっている。

こうして、その後の数か月、米国は中国によるグルーバルな貿易分野、政治分野、軍事分野の拡大への対抗を強めることに注力していった。バイデン政権は、トランプ政権の政策を引き継ぐ中、とりわけ、対中貿易制限措置と中国デジタル技術拡大対抗措置を維持した。

そのプロセスにおける真の「地殻変動」となったのが、新しい同盟「AUKUS」の創設である。オーストラリア、英国、米国からなるこの同盟は、中国共産政権が徐々に影響力を拡大していたインド太平洋地域における力のバランスを著しく変化させた。中国は、南シナ海における軍事プレゼンスの拡大のみならず、海洋ビジネスにとっての脅威も生み出していたのであり、この地域で攻撃的で無秩序な漁業も行っていた。最近では、オーストラリアが新型コロナウイルス発生源の中国国内における調査を行う案を支持すると、中国政権は、米国の同盟国であるオーストラリアに対して、貿易制限を主導。さらには、今年の初めには、中国政権は、共産政権を批判していた記者や作家を含む、複数のオーストラリア国民をスパイ容疑で投獄している。

この状況には、対応が必要であった。対応しなければ、西側が中国の行動に「暗黙の了解」を与えたことになるからだ。その点での重要なアクセントとなったのが、3国同盟AUKUSなのだ。

写真:Getty Images

犠牲となった対欧州政策

同時に、残念ながら、バイデン政権は、前述の3国同盟を生み出す際に、深刻な過ちを犯しており、それによりフランスの激しく感情的な反応を招くことになった。フランスは、オーストラリアと結んでいた総額660億ドルと評価されるディーゼル潜水艦12隻の建造契約を破棄されており、オーストラリアは、その代わりに、米国との間でより最新型の原子力潜水艦の購入に合意したのである。

これは、フランスの軍事産業にとっての大打撃である。ましてや、フランスは、NATOにおける米国の同盟国である。フランスの激しい反応は全くもって理に適ったものである。同時に、見方を変えれば、オーストラリアと米国の動機も理解できる。両国は、インド太平洋にて攻撃的な家主として振る舞い始めている中国海軍を前に、適切な対抗能力を生み出すことに関心を抱いているからだ。オーストラリアの原子力潜水艦の艦隊の方がはるかにその目的に適っている。

アメリカとオーストラリアが犯した過ちは、両国が新合意の発表前に、フランスとの間で情勢激化を回避することを目的とした事前協議を全く行っていなかったことにある。これにより現在、米国は、欧州の重要な経済と政治の中心の一つであり、(ウクライナにとって重要な)ノルマンディ・フォーマットの参加国であるフランスの、少なくとも信頼を失った。いずれにせよノルマンディ・フォーマットが機能していないということは誰も否定しないであろうが、同フォーマットは、それでも首脳レベルのものを含めた政治的協議を行うための形式的な場ではあり続けている。加えて、ウクライナからは、米国をノルマンディ・フォーマットに関与させるという案が何度となく聞かれているし、案の中には、ロシアが米国の直接参加に反対するだろうことから、米国を「並行的に関与させる」というような案も聞かれていた。フランスと米国の関係悪化は、そのような展望にとって有利なものでは全くない。

バイデン・マクロン電話会談が行われたことで、米仏関係の緊張は幾分収まった。しかし、当然ながら、両国首脳は、互いが受け入れられるような合意には至っていない。そのため、米仏両国は、少なくともそれまでにあった信頼を回復するために、多大な努力、何よりも「時間」を費やさざるを得なくなっている。そしてそれは、中国がその状況を西側の同盟の分断を深めるために利用する可能性があることを意味する。その点に利益を見ているのは、ロシアも同じである。

米国の対露政策

バイデン政権の実用的なアプローチとなっているのが対露政策であり、同政策は政権発足の最初の数か月とは若干様子が変わっている。米新政権発足当初、ロシア連邦は、選挙への干渉、ハッカー攻撃、ウクライナに対する攻撃的姿勢、人権侵害などによって激しい批判を受けていた。

それが今年の夏の始め、バイデン氏は、プーチン氏に対して、ジュネーヴで直接会談を開くことを提案し、開催された会談では、プーチン氏が最大限の政治的配当金を受け取ることになった。その時、バイデン政権のその行為は米国によるクレムリンへの妥協であると評価されたし、米議会では、バイデン氏が先にウクライナ大統領と会談しなかったことが批判された。ただし、当時ロシア連邦は、10万人以上の部隊を装甲車・火砲とともにロシア・ウクライナ間国境に寄せて緊張を高めていたのであり、バイデン米大統領の行動によって、緊張のレベルが下げられたことは公正に認めなければなるまい。

その他、バイデン政権は、ドイツ・ロビーとクレムリンの利益に呼応する形で、ノルド・ストリーム2AG社に対する制裁を発動させず、ウクライナを迂回するロシアのガスパイプラインの完工を可能にするために、あらゆることを行った。このホワイトハウスの行動は、米議会の民主党議員の間にさえも激しい反応を呼び起こした。現在、共和党議員と民主党議員は、立法レベルでバイデン氏にロシアのガスパイプライン・プロジェクトを止めさせようとしてる。

以上のような情勢展開からわかることは、ホワイトハウスがロシアを中国ほどには米国にとっての脅威として見ていない、ということである。バイデン周辺の人々に、クレムリンにとって重要な問題において、妥協を行う準備があるということでもある。

これらは、ホワイトハウスが、西側と中国が対立する中で、ロシアを中国との同盟から引き離そうと、ロシアとの対話のための条件を生み出そうとしていることから来ているのは言うまでもない。なぜなら、中露の間には、共通の敵以外に、中国による極東への進出や、アフガニスタン情勢により激しく複雑化した中央アジアにおける影響力争いといった、深刻な対立もあるからだ。ホワイトハウスが、その分野で担える役割ももちろんある。それでも、そのような米国のアプローチの効力は、控えめに言っても、疑わしいだろう。過去何十年、米国政権は、類似の接近アプローチを繰り返してきたが、モスクワとの接近の試みは、如何なるものも、根本的に異なる国家モデルの違いにより、失敗に終わっている。

バイデン政権の外政は、幅広い文脈を持っている。バイデン大統領は、第76回国連総会本会議における演説にて、外政について詳細に語った。バイデン氏は、米国はアフガニスタンから撤退し、自らの最後の戦争を終結したと述べ、力ではなく、外交の役割を強調していた。さらに、バイデン氏は、米国が改めてグローバル規模のイニシアティブに何百億ドルも拠出すると発言した。この点で、米国は、他国を率い、拠出以上の価値を持つ「グローバルリーダー」の地位を確実なものとしているのだ。

同時に、新たな同盟AUKUSの意図も含め、米国外政の最も重要な焦点が中国との対立であり続けていること、中国とロシアを引き離すことを目的とした、ロシアとの「火遊び」政策についても、皆が理解している。

今のところ、バイデン氏のそのような戦略は、欧州にて米国の国益を損ねており、またウクライナの国益にとっても潜在的な危険となっている。現状、米国がウクライナへのサポートを犠牲にすることは想像しがたいが、クレムリンが部分的にでも、そうなることを望んでいることは言うまでもない。

幸いなことに、米国では、議会が主要2党の大半がウクライナを支持し続けているし、国務省もホワイトハウスも、一貫性ある政策を続けている。他方で、現時点で、同程度に重要なことは、ウクライナ自身が米国との戦略的パートナーシップを確実なものとするために積極的に行動することであろう。