トルコ首都アンカラにて、クリミア・タタール人追放75年経過記念集会開催

18日、トルコの首都アンカラにて、ソ連政権によるクリミア・タタール人追放から75年経過したことに合わせた集会が開催された。

集会には、約1000人が参加した。ウクルインフォルムの特派員が伝えた。

シビハ駐トルコ・ウクライナ大使は、「ちょうど75年前、全体主義のソヴィエト共産政権は、人道に対する罪、ジェノサイド、それ以外に分類することのできな最悪の犯罪を行なった。残念ながら、私たちは。この歴史上の悲劇が繰り返されるのを見ている。2014年の侵略国ロシアによるクリミア占領である。そして、クリミア・タタール人は、またしても迫害の主要な対象となっている」と発言した。

集会の運営者である。ナミク・ケマル・バヤル氏は、当時の凄惨な追放の際になくなった数千人の人物がどこに埋葬されているのか、未だに判明していないことを指摘し、「しかし、民族殲滅(せんめつ)という目的は達成されなかったのだ。長年、クリミア・タタール人は、自らのアイデンティティのために闘い、政権と対抗せざるを得なかった。そして、それにはしばしば命をかけなければならなかった」と強調した。

集会参加者は、「ロシアよ、クリミアから地獄を取り除け」、「追放から75年」などと書かれたプラカードを手にし、「クリミアは、我らの故郷だ」、「暴力のないクリミアを」と叫んだ。

参加者たちはまた、現在クリミアで起こっている出来事を喚起しつつ、ロシア連邦に対して、違法なクリミア併合と先住民に対する違法行為を止めることを要求した。

集会後には、アンカラ市内のモスクにて、追放犠牲者追悼の祈りが行われた。

なお、アンカラでの類似の集会は、2014年から毎年行われている。今年は、類似の行事をトルコの他の都市でも開催するよう呼びかける決定が採択された。

また、18日、アンカラ以外では、イスタンブル、エスキシェヒル、バルケシル等の町でクリミア・タタール追放関連行事が開催された。

なお、ウクライナでは、5月18日、クリミア・タタール人追放犠牲者を追悼する日に定められている。

クリミア・タタール人の追放とは、1944年、当時のソ連政権がクリミア・タタール民族全体を中央アジアに追放した出来事をいう。この追放作戦は、1944年5月18日午前3時に始められ、6月初旬まで続けられた。