トルコ公文書館にて1918年のウクライナとオスマン帝国締結の条約原本発見

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オスマン帝国時代の公文書が保管されるトルコのオスマン公文書館にて、1918年にウクライナが諸国と署名したブレスト=リトフスク平和条約の原本と当時のウクライナ国家の元首パウロ・スコロパツィキー署名による条約批准書が見つかった。

14日、ウクライナ外務省がフェイスブック・アカウントにて伝えた

外務省は、「初めてネット空間にて登場する。ヘトマン(頭領)スコロパツィキーの署名の入った批准証明書原本とブレスト=リトフスク平和条約の原本だ。オスマン帝国も署名したものである。この原本は、その質、完成度、芸術的な文体、偉大な国家の封蝋(ふうろう)印章に心を奪われる」と伝えた。

写真:在トルコ・ウクライナ大使館

外務省はまた、今回これら原本は、在トルコ・ウクライナ大使館のシビハ大使やハマン駐イスタンブル・ウクライナ総領事や複数の研究者のおかげで発見されたと指摘した。

また、発表には、トルコのオスマン公文書館には9000万点以上の文書が保管されているが、その内ウクライナ関連文書は数万点に上るとあると書かれている。今回、偶然ブレスト=リトフスク条約に関する情報が保管文書リストにて見つかり、外交官がデジタル化された写しを要請したのだという。

ブレスト=リトフスク平和条約とは、1918年2月9日に、ウクライナ人民共和国がドイツ、オーストリア=ハンガリー二重君主国、オスマン帝国、ブルガリア王国とブレストにて署名した条約。第一次世界大戦で最初に締結された講和であり、同締結は、成立間もないウクライナ人民共和国が諸国から実質的な国家承認をされた出来事として知られている。