
第二次世界大戦時紛失の絵画がウクライナに返還 キーウ市内で展示開始
同絵画は、4日からキーウ市内大型展示場「アート・アルセナル」で行われている「返還されたウクライナの文化作品」展で展示される。ウクルインフォルムの記者が伝えた。
「返還されたウクライナの文化作品」展は、2019年12月12日から始まっており、1月19日まで続く。同絵画は、展覧会終了後にドニプロペトロウシク美術博物館に返還される。
今回の返還は、ウクライナと米国の両政府が協力して実現したものであり、国外に持ち出されたウクライナの文化遺産の返還として両国の連携が実を結んだ初の事例となる。
同絵画を製作したミハイロ・パニン氏は、ドニプロペトロウシク美術学校の初代校長。
1914年にドニプロペトロウシク美術館が開館した当初、この絵画は常設展に展示されていた64点の作品に含まれていた。ナチス・ドイツ軍により同市が占領された際に、この絵画の行方がわからなくなった。以降、長年にわたり、パニン氏の絵画を含め、紛失した作品は占領者により破棄されたのだと考えられていた。
その後、絵画が、1962年以降米国コネクチカット州リッジフィールド市の民家に保存されていたことが判明する。絵画の所有者は、1946年にスイスから米国に移住した者であり、名前は現在まで発表されていない。1986年、この人物は亡くなり、住居は売却。この住居は、ミハイロ・パニン氏の絵画とともに、トレイシー夫婦が購入した。トレイシー夫婦は、30年以上にわたり同絵画を所有していたが、2017年に夫婦は絵画をオークションに出すことを決めた。
オークションに出されたこの絵画を、ドニプロペトロウシク美術館の職員がオンライン上で発見し、関係機関に連絡。米国FBIが対応し、トレイシー夫婦は絵画所有権を放棄。トレイシー夫婦は、マスメディアに対して、この絵画がもとあった場所、あるべき場所であるウクライナに戻るとのアイデアを嬉しく思うとコメントしている。
ドニプロペトロウシク美術館は、同絵画が同美術館所蔵品であることを証明する、当時の紛失リスト、写真、所蔵品リストなどの証拠を米国側に提出していた。その中には、ドイツの将校による、同絵画を含む押収品に関する手書きの記録も含まれていた。