ロシア軍、1日朝にハルキウ市を砲撃、死傷者あり=ウクライナ各地情勢

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ウクライナへの侵略を続けるロシア軍は1日朝7時ごろ、ハルキウ市のサルチウシキー地区を再び砲撃した。30歳と72歳の男性が負傷し、後者は病院で死亡した。

シニェフボウ・ハルキウ州軍行政府長官がテレグラム・チャンネルにて伝えた

シニェフボウ氏は、砲弾はバス停や集合住宅の中庭に着弾し、複数の自動車が損傷したと伝えた。

その他同氏は、ロシア軍は1日未明、ハルキウ州のメレファ市を砲撃し、42歳の警備員が負傷、民家インフラ施設が損傷したと報告した。また、未明、チュフイウへの砲撃も行われ製造工場が損傷したと伝えた。

また、過去24時間で、ロシア軍はハルキウ州のイジューム地区、ボホドゥヒウ地区、チュフイウ地区を砲撃し、これによりボホドゥヒウ地区では54歳の男性が死亡したという。

衝突ラインでは戦闘が続いており、ハルキウ方面では敵がウクライナ軍配置地点への砲撃を続けており、モチパノヴェ地区では航空機の利用も確認されたとのこと。

東部ドネツィク州では、国家警察が、7月31日を通じてロシア軍が34回攻撃を行ったと報告した

ドネツィク州では、前日、16の自治体(アウジーウカ、ソレダール、バフムート、シヴェルシク、ミコライウカ、クラスノホリウカ、マルインカ、ニュー・ヨルク、ピウニチネ、ヤヒドネ、プレドテチネ、クルデュミウカ、プティチェ、カルリウカ、ヘオルヒーウカ、ラストチキネ)が攻撃され、とりわけ、アウジーウカは11回の攻撃を受けたと書かれている。

これにより、民間対象43点(内、民間住宅34軒、畑2個、薬局、ガレージ、車両)が破壊される、あるいは損傷したという。

南部ミコライウ州では、国家警察が、7月31日のミコライウ市への砲撃により、70軒以上の建物が損傷したと報告した

警察は、「昨日の州都への大規模砲撃の後、警察官は、58の民間住宅、13軒の集合住宅、他、民間ガレージ、教育施設、民間事務所、ホテル敷地、公共・民間企業、行政建物の損傷を記録した。民間人の中には死者と負傷者が出ている」と報告した。

また、7月31日に、ミコライウ州のバシュタンカ地区とミコライウ地区への敵の砲撃が確認されており、平原が炎上し、レペティシケの村で停電が生じたという。

さらに、警察は、8月1日にもミコライウ市への砲撃があったとし、民間住宅、病院、医薬品倉庫、輸送手段への被害が判明していると伝えた。

南部ドニプロペトロウシク州では、レズニチェンコ州軍行政府長官が、テレグラム・チャンネルにて、ロシア軍によるニコポリとマルハネツへの多連装ロケットシステム「グラート」による砲撃につき報告した

レズニチェンコ氏は、「マルハネツとチェルヴォホフリホリウカ共同体へグラートによる60弾以上の飛来があった。ロシア軍は意図的に住宅街、つまり、その時間寝ている人々を狙っている」と書き込んだ。

これにより、2名が負傷(1名重傷)したという。

マルハネツでは、民間住宅8軒、カフェ、製造企業が損傷。市内は一部停電しているとのこと。

チェルヴォノフリホリウカ共同体では、約30の民間住宅と自動車が損傷し、また電線も断線し、一部停電が発生したと伝えられた。

クリヴィー・リフ地区ゼレノドリシク共同体へも敵からの榴弾砲による砲撃があったが、犠牲者・破壊は出ていないとのこと。

北部スーミ州では、ジヴィツィキー州軍行政府長官が、テレグラム・チャンネルにて、7月31日、ロシア軍が国境隣接地域を7回砲撃したと報告した

ジヴィツィキー氏は、「ビロピッリャ共同体:正午に共同体の村の一つの近辺への砲撃が始まった。ロシア軍は、榴弾砲と迫撃帆王での砲撃を3回行った。2時間以上で、少なくとも24弾の砲弾が飛来した」とし、この砲撃で車両2台が破壊され、農業企業の施設に損傷が出て、約25ヘクタールの小麦が失われたと伝えた。

また、セレディノ=ブド共同体とクラスノピッリャ共同体への砲撃も確認されたが、犠牲者は出ていないとのこと。

その他の地域の軍行政府の1日8時時点の情報にもとづく報告書の概要は以下のとおり。

チェルニヒウ州(北部):夜間、敵は榴弾砲にて、ノウホロド=シヴェルシキー共同体を砲撃。犠牲者・破壊なし。

ドネツィク州(東部)その他:過去24時間で、同州では住民が3名死亡、16名負傷。

(編集注:ルハンシク州(東部)は、ハイダイ州軍行政府が報告を行っている。)

ヘルソン州(南部):ほぼ全ての地区で戦闘継続。他州と隣接する自治体の状況が緊迫・砲撃により、さらに多くの村が消滅の際にあり、人々の多くが損傷した建物から避難している。残った建物には、侵略者が入り込んでいる。カリニウシケ共同体、ヴェリカ・オレクサンドリウカ共同体、ヴィソコピッリャ共同体などの村が半分もぬけの殻となっている。

その他の地域は相対的に平穏だった。