クリミア・タタール人が縁組を断る際の塩辛いコーヒー

クリミア・タタール人のコーヒーの伝統は、ウクライナ国内の無形文化遺産の1つである。

クリミア・タタール人には、コーヒーを飲む文化があり、それはコミュニケーションに欠かせない。2024年2月には、ウクライナ文化・情報政策省がクリミア・タタール人のコーヒ文化をウクライナ国家無形文化遺産リストに加えた。市民団体「アリェム」の代表であるエスマ・アジイェヴァ氏は、ウクルインフォルムに、クリミア・タタール人には歓迎のため、朝に飲むため、お祝いのためのコーヒーがあると語った。アジイェヴァ氏はまた、民族のコーヒー文化における色々な秘密についても教えてくれた。

執筆:オリハ・マタリキナ

写真:市民団体「アリェム」

クリミア・タタール人の昔ながらのコーヒーの淹れ方

エスマ・アジイェヴァ氏は、古いクリミア・タタール人の言い伝えである、「聖人カディル」の話から始めた。

アジイェヴァ氏は、「カディルは、よそ者として世界を旅しながら、どの家庭も訪問することができました。聖人が訪れるとその家族には必ず幸運がもたされると言われ、どんな客人も丁寧に出迎え、旅の手助けをすべきだと言われていました。もしかしたら、訪れた人はカディルかもしれないのだから」と言い伝えを語った。

古来から現代まで、クリミア・タタール人の家では、客人は香り高く、濃いコーヒーを「クラビイェ」と呼ばれるクッキーを添えて歓迎する習慣があるという。そして、コーヒーとともには楽しい会話が欠かせない、とも。

アジイェヴァ氏は、クリミア・タタール人の古典的なコーヒーの淹れ方を教えてくれた。用意するのは、焙煎して細かく砕いたコーヒー豆と水だけだ。

彼女は、「コーヒー豆はハンドミルで挽き、温めた銅製のジェズヴェ(編集注:コーヒーを淹れるための器具)へ入れて、冷たい水を注ぎます。大切なのは、最初にコーヒーを入れて、それから水を注ぐことです。おおまかな分量は、ティースプーン1杯の細粉コーヒーに対して、カップ1杯の水です」と説明する。

コーヒーを淹れる際は、炭火か、熱い砂か、ストーブを使うべきだという。

彼女は続けて、「母親か祖母が娘にコーヒーの淹れ方を教える時、彼らはコーヒーを『恐れさせるべき』だと言います。これは、沸騰はさせないで、口のところまで濃厚で香り高い泡が上がってくる、沸騰手前のところでジャズヴェを持ち上げるのです。それこそがコーヒー完成の合図です。注意が必要です」と語る。

コーヒーは子供を含め、皆が飲む

主人は客人に対して、どんなコーヒーが良いかを尋ねる。ブラックか、ミルク入りか、クリーム入りかだ。ミルクやクリームを入れる場合のレシピは特別だ。

アジイェヴァ氏は、「クリームを作るためには、新鮮な全乳を夜のうちに5〜7分沸騰させておいて、蓋をして、冷たいところに置いておきます。牛乳は、沸騰させながら、おたまで何回かに分けて注ぎます。そうすることでみずみずしい分厚い泡ができるのです。12時間後、牛乳からクリームを取り分けます。1.3センチほどの厚さのクリームとともに『カイマク』を取り上げ、底の少量の牛乳とともに別の器に移して、冷蔵庫で保存します」と説明する。

コーヒーカップに入れる際に小さじ1杯のカイマクを入れて出す。飲み物の熱さでカイマクが溶けて、乳脂肪の黄色い雫が現れ、美しく広がっていく。このコーヒーは、まろやかでクリーミーな味わいを帯びる。

エスマ・アジイェヴァ氏は、コーヒーに砂糖を入れる習慣はないと指摘する。コーヒーを飲む際には、細かく砕いたミルクシュガーや、自家製の硬い砂糖を一緒に食べるのだという。

クリミア・タタール人の伝統では、コーヒーは子供たちも大好きで、小さな頃から親がコーヒーの飲み方を教えるのだという。クリミア・タタール人の子供向けコーヒーは、コーヒーに牛乳を数滴加えて作る。

アジイェヴァ氏は、「コーヒーの儀式によって、子供は自分を社会や家族の儀式の一部であることを感じられるのです」と指摘する。

同氏はまた、自分の家族にとって、コーヒーは単なる飲み物ではなく、安らぎと調和の源泉であり、それなしでは1日が過ごせないものだと述べる。「私は、子供の頃から、本当のクリミア・タタール・コーヒーがどういう香りで、どういう味なのかを知っていました。理想的な家族のコーヒーの秘密は、様々な豆のユニークな比率、細かい挽き方、調和の取れた雰囲気の中にあります」と説明する。

コーヒーの淹れ方は状況に応じて様々

アジイェヴァ氏は、「歓迎のコーヒー」は味が特別だと言う。そのコーヒーは、客の到着前に準備し、手動のコーヒーミルのリズミカルな音と心のこもった軽快な会話とともにテーブルに出される。その際、礼儀正しいホストは、お客が大事な話題を切り出せるように、必ず親族の健康や、家族やお客の成功についてのニュースに注目する。その儀式が行われている間、テーブルには、ほとんど気が付かない内に、食べ物やお菓子が並べられているのだ。

家族の間で出される朝のコーヒーは、「サヴァ・カヴェシ」と呼ばれるという。その伝統によって、数世代がテーブルを囲み、健康について互いに気を遣い合い、一日の計画を立て、重要な用事の準備をしたり、責任を分担したりする。

お祝いのコーヒーもあるという。そのコーヒーは、重要な宗教のお祝い「クルバン・バイラム」や「オラザ・バイラム」の際に親族への敬意を示す機会となる。これらの祝日には、若者は年上の世代に対して、挨拶をして、健康を祈念し、その代わりにコーヒーとお菓子を出されるのだという。

クリミア・タタール人の伝統によれば、花婿候補の仲人は、花嫁候補の家へ行き、そこで一緒にコーヒーを飲む。もし、女性が花婿候補のことを気に入らなければ、客人は家を出る際に、自分の靴のつま先が出口側に向けられていることに気が付くことになるという。これは、これ以上付き合いを続ける必要はない、という意味だという。また、縁組お断りの印として、女性が「塩辛いコーヒー」を出すこともあるという。これは、ウクライナの伝統の仲人にかぼちゃが渡されるケースと同じだ。

嬉しい報せが会った時のくだけた雰囲気にもコーヒーが出される。出産、卒業、大切な買い物といった、良いニュース、家族の成功を共有したがっている近親者や友人に対して、コーヒーが出される。その時のコーヒーは、支え合いに感謝し、喜びを分かち合い、コミュニティの連帯を示すために出されるのだという。

また日常生活では、怠け者のコーヒーと呼ばれる、コーヒーカップに挽いた豆を入れて、熱湯を注ぐだけのものもあるという。

アジイェヴァ氏は、「クリミア・タタール人の文化には、客人への深い敬意があり、誰かを家へ向かえる時にコーヒーを出すことで不快感や願望の欠如を示すことはありません。私たちは、繊細さと優しさをもって客人と接し、誰の気持ちも傷つけないように心がけます」と伝える。

クリミア・タタール人のコーヒー文化がウクライナの無形文化遺産リストに加えられたことについて、アジイェヴァ氏は、「私たちは、遺産の一般的な美学を維持するだけでなく、内面的価値や意味の理解のためにも対話を促進したいと思っています。これらの価値は、世代を越えて伝えられているものであり、私たちの課題はそれを維持することなのです」と説明した。