ブリンケン米国務長官のウクライナ訪問
執筆:ヤロスラウ・ドウホポル(ワシントン)
アントニー・ブリンケン米国務長官のウクライナ訪問が、ウクライナ・米国の二国間関係の枠には収まらず、地政学的性格を帯びたものであったことは間違いない。その訪問は、ロシアによる新たな情勢激化、バイデン米大統領とプーチン露大統領の電話会談、そしてバイデン氏による米露対面会談の提案といった一連の出来事を背景に、そのバイデン氏が開始した複雑な行動の一部となるものであった。同時にその訪問は、ウクライナと米国の今後の対話にとっても重要な基盤となるものであった。なぜなら、米国務長官は、キーウ(キエフ)での会談を通じて、ウクライナが西側スタンダードをどの程度実現する準備があるか、理解したからである。米国からの今後のサポートは、ウクライナのその準備の程度にかかっている。
プーチンに対してのメッセージ
何よりまず、ブリンケン氏のウクライナ訪問は、夏に欧州で開催されるという、バイデン米大統領とプーチン露大統領の会談に向けた準備の観点から重要であった。第一に、今回の訪問により、米国はウクライナ内外の情勢をより詳細に把握した。
第二に、今回のような訪問は常に象徴的な意味を持つ。今回は、モスクワに対して、米国の対ウクライナ・サポートは言葉だけでないこと、そして米国はロシアによる新たな侵略を看過しないという明確なメッセージを送るものであった。
ロシアとの「激化を回避」し、建設的関係を築きたいとするバイデン氏の外交的発言をロシアがどのように受け入れようとも、ブリンケン氏の今回のウクライナ訪問は、ウクライナに対する侵略停止が米露の議題における優先課題の一つであることを際立たせている。
同時に米国は、英国でのG7外相会談の際にもウクライナについて議論している(ブリンケン氏はG7外相会談後にウクライナを訪問した)。ブリンケン氏は、ゼレンシキー大統領との共同記者会見時、「私たちはあなた方を強固に支持している」と述べた。
またブリンケン氏は、米国のパートナー国も同様の立場であるとし、「数週間前に北大西洋条約機構(NATO)を訪れた時にもそれを耳にした。私たちは、ロシアの思慮の浅い攻撃的行為を止めることを期待している」と強調した。
「汚職」はウクライナ国内の敵
米訪問団がキーウにてロシア問題と同程度に重要な議題として、各会談で積極的に提起していたもう一つの問題が、ウクライナ国内の改革実施と汚職との闘いである。これらは、米国にとって、ウクライナの前政権との間でも非常に重要な問題として扱われていたし、それは現在においても変わっていない。
ブリンケン氏は、「ウクライナには、二重の挑戦がある。一つは、ロシアからの外からの侵略。もう一つは、汚職、オリガルヒ(大富豪)、その他のウクライナの民の利益より自己の利益を優先する人々による、実質的な国の内側からの侵略である。しかも、この二つは互いに結びついている。というのは、ロシアもまた、汚職や自らの利益を追求する人々を利用して、ウクライナ国内からの侵略も行なっているからだ」と発言した。
ブリンケン氏は、ウクライナのことを長年よく知っており、同国が西側スタンダードを採用することを支持している。その彼にとっては、ウクライナ政権が今本当にその方向に進む準備があるのかどうかを現場で実感することが重要だった。米国は、もちろんウクライナに改革の準備があること、それを通じて強固な民主主義、市民社会、経済成長を達成することを見たいと思っている。そして、米国は、それがウクライナ国民にとって重要なだけでなく、ロシアとの武力脅威を克服する上でも重要だと確信している。
なお、その文脈で、象徴的であったのが、国営ナフトガス社総裁が交代させられた際の米国の反応である。ブリンケン氏もまた、キーウでのゼレンシキー大統領などとの会談の際に、本件につき指摘している。会談の数日前、ナフトガス社をめぐる状況(編集注:ウクライナ政府が国営ナフトガス・ウクライナ社の幹部を交代させた)が米国に深刻な懸念を抱かせ、米国は、そのような行動はウクライナの改革実施意思に疑問を呈するものだとする、厳しい声明を発出した。米国は、同社幹部の交代は、国営企業運営における政権の基本原則である「透明なコーポラティブ・ガバナンスの実践」に反する行為だと批判した。
今、ボールはウクライナ側にある
このように、米国は、ウクライナに対して、改革実現、司法機構の強化、汚職撲滅、オリガルヒの影響排除においてウクライナを支援する準備があることを示した。
そして、米国の言葉を借りれば、今、ボールはウクライナ側にある。その上で重要なことは、米国が最大の結果を出すために、政権とのみでなく、ウクライナの野党勢力や市民団体とも連携していることである。それは、米国が他国の民主化支援において実践してきた、結果の出ることが確認されている米政権の活動手法だとみなすことも出来よう。つまり、米国は、政権、野党、市民社会と並行して協力することで全ての勢力の理解が確保できること、そしてそれが国の発展に必要なのだと信じている。
アントニー・ブリンケン氏とエピファニー・ウクライナ正教会首座主教との会談も象徴的であった。ロシアが自らの教会をウクライナ領での影響力と対立の手段として利用しようとしている中、ブリンケン氏は、エピファニー氏と会談することで、米国がウクライナ正教会を支持していることを示したのである。
ともあれ、ロシアのハイブリッド侵略と対峙し、国内では、汚職とオリガルヒの影響という、負けじ劣らぬ脅威ある敵を抱えるウクライナにとっては、今回の米国務長官のキーウ訪問は肯定的な出来事であったと考えるべきだろう。アントニー・ブリンケン氏がただの国務長官ではないことも理解すべきだ。彼は、ジョー・バイデン米大統領が議員だった時代から、外政問題で彼の右手をずっと努めてきた人物である。それはつまり、ブリンケン氏がウクライナから持ち帰る結論と評価を米大統領が信頼するということであり、それらをプーチン露大統領との会談の準備に考慮していく、ということなのだ。
その中でウクライナにとって重要なことは、米国や西側諸国にウクライナが重要かつ理想的なパートナーだとみなされ続けるようにすること、ウクライナは欧州にてロシアの侵攻を抑制しており、本当に文明的な西側の一員になりたがっている国なのだと、と思われ続けるようにすることである。
トップ写真:大統領府